3.3 サイレンサー・キャロ③
兎澤先輩はダボっとしたブレザーの袖の中に手首を引っ込めた。再び出した手の中にはヨーヨーが握られていた。さっきのより一回り小さい青のスケルトン。
「何個持ってんですか」
俺が訊くと、先輩は上目遣いでこちらを見上げた。
「これは普通の。ぶつけたら戻ってこない」
先輩は手慣れた様子でヨーヨーを地面に投げて空転させると、ストリングをあやとりのように指に絡めてタワー状にに編み、その下でヨーヨーをブランコのように前後に揺らした。表情の変化に乏しいのではっきりしないが、心なしがドヤ顔。
「ストリングプレイスパイダーベイビーじゃないっすか、完成度高いっすね」
「ストリングプレイスパイダーベイビーじゃねーか! 完成度高けーな、オイ!」
「なんで2人とも知ってんの!?」
ネットの内輪ネタからはぐれてしまったパーコ。つっても俺も漫画は読んだことがない。どうせユニ助も同じだろう。
「部活新設の申請期限は知ってるね?」
俺たちの反応に満足したのか、先輩はスパイダーベイビーをやめた。今はストリングをあやとりのように両指に絡めまくって、もはやなんだかよく分からない技を繰り出している。ユニ助はそれに夢中で話を聞いていないので、俺が代わりに答える。
「5月まででしたっけ」
「そう。5月31日。私はそれに間に合わなかった。同好会潰しの妨害で」
先輩は目の前のヨーヨーではなく、どこか遠くを睨んでいた。一年後の自分の姿かもしれないと想像したのか、ユニ助は弾かれたようにヨーヨーから意識を離し、いつになく真剣な顔をした。
「どんなことされたんですか?」
ユニ助が訊くと、先輩は恨めしそうに顔を歪めた。今日会ってから初めて表情らしいものを見せた。
「自己紹介でヨーヨー部を作ると言ったらアイツはイカれてるとかあることないこと言われて、友達に勧誘を続けたらその友達も離れていって、誰も話し相手になってくれなくなって、あたしはクラスで孤立させられた……! ヨーヨー部を作れなかったのも、友達がいないのも、全部同好会潰しのせい……!」
恨み言を吐く先輩には悪いが、俺たちの間には微妙な空気が流れている。そりゃそうだろ……と、思わずにはいられなかったが、誰もそれを口にしなかった。話し相手がいなくなったのは勧誘がしつこかったからだろ。そもそも、同好会潰しなんて存在しないんじゃないか? どうも陰謀論みたいでうさんくさくなってきたぜ。
「そりゃあ驚いた」
俺は適当に相槌すると、ブレザーの内ポケットからハッカのロリポップを取り出した。思わぬ展開に翻弄された頭をリフレッシュするのだ。
包みを剥がしていると、先輩がその手元をじーっと見つめているのに気づいた。
えーと。
「……いります?」
冗談半分で剥がしかけのロリポップを差し出すと、先輩はこくりと頷いた。マジか。なんだこの人。自分から言ったことだし、素直に先輩に差し出す。その様子を見ていたユニ助は何か言いたげに口をパクパクさせていた。
「なんか、なんかあれっぽいな! えーとなんだっけパーコ?」
「誘拐犯!」
「だははっ、それだ!」
失礼な。俺は先輩に飴をあげただけなのに。確かに先輩は背が低くてぱっと見ロリでポップだけれども。
「うぇ……」
先輩はロリポップをくわえると、ハッカの強烈なフレーバーに顔をしかめた。……さっき風紀委員と一戦交えた人と同じとはとても思えない。
「あーすいません、ハッカなんですよ」
「……」
「いや返品はちょっと」
飴をくわえながら先輩はふにゃふにゃと文句を言ったが、俺には聞こえない。ハッカ味の良さが分かるのは俺だけでいい。
先輩と別れ、貼ったポスターを剥がしに3階へ上る。階段を踏みしめながら、俺は果てしない徒労感に襲われていた。掲示板の落書きは陰謀論者の先輩のお節介で、同好会潰しは出る杭が打たれてるだけで、先走った挙句風紀委員とかいうガチの敵に目を付けられてしまった。放課後を使ってせっかく貼ったポスターを、今剥がそうとしている。
「俺はずっと何やってるんだ?」
思わず思考が口に出る。先を歩いていたユニ助が振り返った。
「いいじゃねーか! 同好会潰しの仕業じゃないって分かってよ!」
「バカ。その同好会潰しすらホントかどうか怪しいってことだろーが」
「いないならその方がよくね?」
と、パーコが口をはさむ。
「……まあ確かに」
いろんなことが起こりすぎてもう分からん。今はとりあえずポスターを剥がすことに集中しよう。頭の奥にもやもやとしたものが残ったまま、俺はユニ助やパーコとのくだらない雑談に興じてそれをうやむやにした。その違和感の正体が、どうしてベッカムの奴は同好会潰しを知ってたんだろう? ってことに気付いたのは、ポスターを全部剥がし終わって家に帰ってからだった。




