3.2 サイレンサー・キャロ②
ごめんなさい! 週3更新無理でした!
今後は月曜日と金曜日にさせていただきます!
次回更新は来週月曜日です!
入学直後に知り合う奴というのは、この時期にしかつるまなかったり、逆に奇妙な腐れ縁がずっと切れなかったりする。少なくとも、入学して1週間ほど経ったので、昼休みに誰と飯を食うかは定まってくる。昼休みのクラスの連中を観察していれば人間関係がなんとなく分かる。
俺は自席に座ったまま、コンビニで買ったスティックパンをコーヒー牛乳で流し込んでいた。親が弁当を作ってくれない日はこんなものだ。
「同好会潰しだかなんだか知らねーけどよ、ナメた真似されて大人しくしてるほど俺ぁ優しくねーんだ」
ユニ助は近くの椅子を持ってきて俺の机に自分の昼食を広げている。売店で買ってきたという、鷹爪高校名物のカレー丼だ。カレーライスと何が違うのかは誰にも分からない。
ユニ助はプラケースのカレー丼に使い捨てスプーンを突き立ててグチャグチャとかき混ぜている。若干引いていると、その視線をどう勘違いしたのかユニ助は器の隅にあったらっきょうをすくって俺の前に持ってきた。
「貧相なもん食ってんな! ほら、らっきょうやるよ!」
「チッ、いらねーよ! お前が嫌いなだけだろ!」
「嫌いじゃねーし! 福神漬け派なんだよ!」
「だからいらねーって……おいどーすんだこれ箸とか持ってねーぞ」
ユニ助はパンの袋の内側にらっきょうを置いていった。俺は対話を諦め、スティックパンを上手く使ってらっきょうをすくった。
「さーて、同好会潰しの連中にゃどんなイタズラしてやろーかな、ニヒヒヒヒ」
「こりない奴だな」
らっきょうを齧りながら答える。甘いスティックパンにらっきょうなんか合うわけがなかった。
「やられたらやり返す。俺はそうやって生きてきた」
ユニ助はアホ面でスプーンをねぶりながらそう言うものの、声色は笑ってなかった。俺はコイツの過去を知らない。でも、敵を作らない生き方をあえて選んだりはしないだろう、とは思う。
「あれで行くか。パーコのポスター貼りまくり作戦!」
ユニ助は俺にいたずらっぽい笑みを向ける。このとき、俺はもうほとんどポスターのアイデアなどどうでもよくなっていた。もともと柄じゃないし、俺が才能を発揮するのはここじゃない。それを認めるのは不思議と心地よかった。
「乗ったぜ相棒」
俺はコーヒー牛乳のパックを掲げ、ストローを吸った。人工甘味料で苦味を打ち消したそれはコーヒーと言うにはあまりに甘く、優しく喉元を通り抜けていった。
* * *
放課後、俺たちは作戦を決行した。つっても学校中にバラまくんじゃない。トイレの壁の他にも貼る範囲を拡大しようというのだ。先生の目につくことは避けられないが、数を増やすことでポスターが生き残る時間を稼ぐ。
あんな脅迫文を送りつけるってことは、同好会潰しの連中は俺たちに大人しくしてほしいんだろう。なら、その真逆のことをすれば連中をがっかりさせられる。
「同好会潰しのこと、いろいろ聞いたんだけどさー」
ユニ助がセロテープを、俺が暗号を書いたルーズリーフを持って放課後の校舎をうろつき、誰もいないのを見計らってこっそり貼ってその場を去る。今もパーコの偵察で曲がり角の向こうに誰もいないことを確かめさせて、自販機の横に暗号を書いたルーズリーフを貼っている。
戻ってきながらパーコがなんでもないことのように言った。
「うちの学校で部活作ろうとすると同好会潰しにめっちゃいじめられるんだって。この10年で新しい部活ひとつもできてないって先輩が言ってた」
俺たちはペン回し部を名乗っているが、新設した部活動は同好会扱いになる。一年以上の活動と何かの実績を積むと部に昇格する。
「意味がわからん。何の得があるんだ」
「さあ? でも、去年も部活作ろうとした人いたらしいけどダメだったって。まあ、学校の七不思議みたいなもんだろーけど」
よくわからんが、実際にポスターを剥がされる妨害を受けているのは事実だ。出る杭を打つみたいなことだろうか。
「シロー、次はどこだ?」
「三階。2年生の教室だな。階段の横と、美術室の途中に貼る」
三階に降りる。2年生の教室がある階だが、校舎の右側の隅に美術室があるのがアツイ。美術以外の先生に縁がない上、学年問わずに目につく。
廊下に出ると、二年生が数人いる。二年生はネクタイの色が青だ。俺たちは黄色。なんだか自分の居場所じゃないようで落ち着かない。
手始めに階段のすぐ横の壁に一枚貼り、数メートル進んだ先にもう一枚。俺がルーズリーフを押し付け、ユニ助がセロテープを貼り付けようとした瞬間。
「そこのお前たち! 何をしてるんだ!」
背後から野太い声を浴びせられた。まるで内臓まで揺らされるようだ。振り向くと、腕まくりした制服に黒いリストバンドをした、ゴリラみたいにいかつい男の先輩がこちらに近づいてきていた。
「やべえ!」
ユニ助が叫ぶ。バタバタと逃げようとするが足がもつれる。カミナリオヤジのような威圧感に、俺たちはすっかりビビッていたのだ。大股で近づいてきたゴリラ先輩はポスターをちらりと眺めて言った。
「おまえらか、便所に変な張り紙してたのは! 大塚先生のところまで来てもらうぞ!」
それだけはやばい。これ以上大塚先生に不真面目な印象を与えてしまったら、部活新設への道が閉ざされてしまう。
そのとき、視界の隅にふわりと黒髪が映る。黒髪の女子生徒が後ろから俺を追い抜いたのだ。ちらりと見えたリボンは青色。
「……」
その先輩は、なぜか通り過ぎずに、俺たちとゴリラ先輩の間に割って入った。肩にかかる黒髪を耳の下で外ハネにしていて、女子の中でも小柄。ユニ助よりもこぢんまりとしていて、先輩に向かってなんだが小動物然とした印象を受ける。
「……」
その小さい先輩は黙ってゴリラ先輩を睨みつけている。ゴリラ先輩の顔色が変わった。怒りではなく、驚きと恐れで。
「なぜお前がここに……ちっ!」
ゴリラ先輩は流れるような動作で尻ポケットからスマホを取り出した。
「応援要請! 『鷹爪高校のテロリスト』が蘇った! 場所は――」
鈍い音がして通話中のスマホが宙に放り出される。ゴリラ先輩が持っていたスマホに何かがぶつかって弾かれたのだ。
カラカラと地面を滑るスマホ。スマホを弾き飛ばした物体は高速回転するベアリング音を鳴らして女子の先輩の手に収まった。手の中に収まるディスク状の黒いボディに、中指に巻かれた蛍光グリーンのストリング。スマホを弾いたそれはヨーヨーだった。
「こっちだガキンチョ。廊下の歩き方、教えてやる」
ストリングの付いた指先でクイクイと手招きすると、女子の先輩は走り出した。敵か味方かの判断は後にして、俺たちも続くしかない。俺たちは全速力で走った。
「待てコラアアアア!!」
後ろからゴリラ先輩とその仲間っぽい数人がものすごい勢いで追ってくる。この光景なんかデジャブだぞ相棒!
「あの、先輩!?」
俺が聞くと、先輩はちらりとこちらを見た。黒目が大きく、下まつげが長い。
「キャロでいい」
呼び方なんか聞いてねえよ!
キャロ先輩は真っ先に階段に向かうと、壁を背にして手すりに座り、そのまま一気に滑り降りた。息つく間もなく先輩は踊り場に飛び降り、再び手すりを滑って視界から消える。
「あははっ! なっつ、その技! 小学生ぶりだな……っと!」
パーコもそれにならって手すりに腰かけて滑り降りた。ちっ、短いスカートでよくやるぜ。
「俺たちも行くぜ!」
ユニ助も続く。いや、俺やったことないんだけど。なんで皆当然のようにできるんだよ。
「ちっ、勝手にしろ!」
俺も見よう見まねで手すりにケツを乗せて地面から足を離した。走り出したジェットコースターに乗った俺にできることと言ったら、とにかく落っこちないようにひたすら祈ることだけだ。身を固くしてなんとか滑りきると、その必死の形相を下で待っていたパーコに見られて大いに笑われた。
ともあれ、追手に水をあけたことは事実だ。俺は先頭を走る先輩に追いつき、どうしても気になったことを質問する。
「ありゃあなんですか!?」
「同好会潰しっすか?」
並走するパーコがどこか楽しげに口を挟む。
「違う。ペン回し部はまだ連中に認知されていない。あれは風紀委員」
「んな委員会あったか!?」
ユニ助が誰に言うでもなく叫んだ。キャロ先輩は小さく首を振った。前髪が目に入ったらしい。
「正式名称、特別活動団体・生活安全係。委員会じゃないけど学校公認の組織。お奉行が推薦エサにゴロツキ飼ってるって寸法よ」
風紀委員ってのは通称か。振り返ると確かに、全員揃いの黒のリストバンドを巻いている。ってか、さっきよりも数が増えているような……。
しかしこの先輩、言葉遣いは物騒だが、黙っているとなかなか可愛い。短い手足でちょこまかと動き回るさまは小動物のようで、つい守ってあげたくな――
「走狗が……ッ!」
後ろを振り返った先輩が悪態をついた。先輩はヨーヨーを二、三振りして助走をつけると、傍に置いてあったペットボトルのゴミ箱にぶつけた。すれ違いざまのゴミ箱はぐらりとバランスを崩し、背後でけたたましい音が鳴る。
……可愛くない。怖い。
「だはははっ! 先輩やるぅ!」
ボウリングでストライクを決めたみたいになっている廊下の散らかりようを見てユニ助は大笑いしていた。風紀委員の連中はそれをハードル走のように飛び越えようとして思い切り踏んづけてすっ転んだりしている。十数人にまで増えた追手の大半が足止めを食らっている。
もはや廊下はちょっとした騒ぎだ。先輩が先頭になって逃げる俺たちと、その後を追う風紀委員。ゴミや怒号が飛び交い、廊下をまるで台風のように荒らしていく。
曲がり角に差し掛かる。その先は二階から一階に降りる階段だ。先行する先輩が曲がり角の向こうに消える。俺もそれに続く。角の向こうで、先輩はなぜか立ち止まっていた。顔を上げると、腕組みしている大塚先生と目が合った。
「先輩先輩! 次の手は!?」
ユニ助が無邪気に問う。
「……ない」
先輩が力なく振り返る。あんなに頼もしかった先輩の顔が真っ青になっている。俺たちと廊下の惨状を見比べ、大塚先生の顔が見る間に鬼のように変わっていく。
「おぉ〜まぁ〜えぇ〜らぁ〜!!」
* * *
1時間ほど怒られて生徒指導室を出る。罰として俺たちは廊下の掃除とポスターの回収を命じられ、キャロ先輩はヨーヨーを没収された。
俺は、肩を落としてとぼとぼ歩いている先輩の背中に問いかける。
「先輩、掲示板に落書きしましたよね?」
ユニ助とパーコは、突然何を言ってるんだこのロン毛は、みたいな顔で俺を見てくる。俺たちを助けてくれたこの人が、どうして脅迫なんかするんだ、とでも言いたいんだろう。まあ、ついさっきまで俺もそう思っていた。先輩は足を止めた。
「なんのことかな」
先輩は振り返らずに聞き返した。急激に自信がなくなってくる。俺は、なけなしの勇気を振り絞って続けた。
「なんで俺たちがペン回し部だって知ってたんですか?」
あのとき、風紀委員から逃げながらパーコがした「同好会潰しっすか?」という質問に、キャロ先輩はこう答えたのだ。
”違う。ペン回し部はまだ連中に認知されていない。あれは風紀委員”
「そりゃあ、ポスターが」
「知名度不足に悩んでましてね。暗号を解いた人間が二人も現れた、ってのはどうも都合がよすぎる」
同好会潰しが俺たちを認知していない、という先輩の言葉を信じるなら、掲示板に落書きをして、トイレの暗号を剥がしたのは奴らではない。
トイレの暗号を剥がしていたのは風紀委員だ。あの機動力があれば、貼ったポスターをその日に剥がすくらい簡単だろう。また、ゴリラ先輩はそれがペン回し部の犯行だと知らない様子だった。だったら、掲示板の落書きは風紀委員じゃない。そこまで考えて気が付いた。あの落書きは、脅迫じゃない。善意の第三者による忠告だ。そして、この先輩はなぜか俺たちがペン回し部だと知っていて、俺たちを助けている。
あとは、この先輩なら暗号を初日で解いてもおかしくないっていう直感だ。薄い根拠でも追及を辞めない理由はただ一つ。なんかカッコいいからだ。
先輩はとぼけるでも首をかしげるでも怒り出すでもなく、黙って俺の話を聞いていた。がぜん自信が湧いてきた俺はその背中に言葉を投げる。
「どうして俺たちを助けてくれたんですか? 風紀委員の先輩が言ってた、鷹爪高校のテロリストってのは?」
「……」
「あんた一体何者ですか?」
俺が聞くと、先輩は肩を沈ませて大きなため息をついた。
「隠すつもりはなかった。誤解してるみたいだったから一回話そうと思って」
それは落書き犯の告白ととらえて間違いないだろう。先輩は振り返ってユニ助の方を向く。
「君が代表者だね」
「あ、はい! ペン回し部部長、遊仁 或波です!」
「一年前、あたしも君らとおんなじ夢を追っかけてた。自己紹介しよう。2年6組、ヨーヨー部部長、兎澤 文乃。ま、部員はあたし一人しかいないがね」




