3.1 サイレンサー・キャロ①
体育館裏の掲示板に貼ったポスターの隅に、赤いボールペンで落書きがされていた。
【警告 ペン回し部部長殿 本部活を即刻解散せよ】
批判には慣れた気でいた。アホだなとか、できるわけないとか。でも、即刻解散という強い言葉を向けられるほど直接的な敵意に晒されるのは初めてのことだった。
風が吹き、木の葉がざわざわと鳴る。頬を打つ風は体温を奪い去り、肩まで伸ばした髪が横に流れる。俺は校舎を振り返って姿の見えない敵を睨みつけた。
「解散、だとォ……!?」
能天気なユニ助も今回ばかりはシリアスな顔でその落書きを睨んでいる。やつがやつであるための証明であるかのようにくるりとペンを回すと、ノックして芯を出した。
「えーと……なんでですか、っと」
「返事を書くな返事を」
まあ、宣伝してればそんなやつも来るよな、みたいな感じでその場は終わった。
何かがおかしいと感じたのはその翌日のことだった。
「……マジかよ」
休み時間にトイレに行ったら、昨日貼ったポスターが剥がされていたのだ。それは水道の脇のゴミ箱に、二つに折られて捨てられていた。ひでーことしやがる。
同じことが女子トイレにも起きているのだろうか。気にはなったが、そんなことを頼める女子に覚えがなかった。……ただ1人を除いて。
トイレから出た俺は隣のクラスで足を止める。開放されたドアから3歩下がって遠巻きに教室の中をうかがう。金髪デカ女ことパーコの姿はすぐに見つかった。教室の真ん中で、いつものツレと華やかな笑い声を響かせている。
どうも話しかけづらい。部室にいるときとは勝手が違う。知り合って間もないし、友達と楽しく話しているパーコの意識を俺に向けさせる自信がなかった。
出直すか、と諦めかけたとき、ツレの1人と目が合った。ウインドブレーカーの黒髪ウルフ、名前はミヨだったか。
「あれー、ペン回し部のロン毛くんじゃね?」
ミヨはにやにやした顔で目の前のパーコとドアの向こうの俺を見比べている。パーコと、もう1人のツレのシズカが俺を認識した。萌え袖カーディガンのおさげ髪がシズカ。
「え、なにどした?」
パーコは座りながらこちらに首を向け、ヘラヘラと笑いながら聞いてくる。思ったより歓迎されている、というか面倒がられていない。教室の真ん中で、よく通る大きな声で言ったものだから、教室にいた大半が俺の方を振り返る。ドア近くの席に座っている男子生徒が「なんだコイツ」みたいな目で凝視してくる。なんかもう帰りたかった。
「けっ、なんでもねえよ」
「えーなになに告られんの?」
「フゥー!」
ミヨがあらぬ疑いをかけると、隣のシズカがそれを煽った。ちっ、いい性格してやがる。
「いや、暗号が」
「アンゴー?」
「君に伝えた秘密の暗号、鍵はあの日のメッセージ、みたいな?」
「きゃー! ロックがかかった2人の世界には誰も入り込めないー!」
「だから! 男子トイレのポスターが剥がされてた。そっちは?」
「あぁ〜、たしかに女子トイレのもなくなってたけど、でも清掃の人がやったんじゃないの?」
「……」
パーコはなんでもないように言った。なるほど、普通は真っ先にそれを思いつくだろう。ポスターの落書きを目にしなければ。
休み時間がもうすぐ終わる。詳しい説明は放課後だ。
「邪魔したな」
俺は短く別れを告げ、自分の教室に戻る。背後からこんな声が聞こえてくる。
「うちらお邪魔だったかな?」
「シャイなんだろうねー」
だから、そっちに話をもっていくな!
* * *
放課後になり、部室を訪れたパーコに、俺たちは昨日の落書きのことを話した。
「え、それで返事書いたん!? やばっ!」
パーコは呑気に笑っていた。
「言ってる場合か。そーいうわけだからパーコ。女子トイレのポスター貼り直して――」
「行ってみようよ! 掲示板! 返事来てるかもよ!」
「それもそうだな! よっしゃ行くぜシロー!」
「……」
あーそうだな。そーいうやつだお前らは。
俺たちは掲示板に行く前に、暗号のポスターを貼った生徒用トイレに寄った。今日の昼頃に貼り直したはずのポスターが、また剥がされて水道の横のゴミ箱に捨てられていた。
「だから、掃除の人がやったんじゃないの?」
同じことを何度も言わせるなとでも言いたげな目をしてパーコが言う。俺もそうであってほしかった。だが、その説の間違いに気づいてしまった。
「トイレ掃除ならゴミ箱をカラにするはずだ。これ見よがしに捨てたりしない」
「そっか。……でも、それって」
パーコの顔がわずかに曇る。
「この学校に敵がいる。どうにかして正体を暴かねーと部員どころの話じゃないぞ」
俺たちの活動をよく思わない奴がいる。それも、ポスターを貼った当日に剥がす粘着質さ。頭では分かっていたことだが、いざ言葉にするとゾクリとする。
「嫌な予感がしてきたぜ」
心なしか早足で体育館裏の掲示板に辿り着く。そこには、昨日と変わらず細長く切り取られたルーズリーフの1行が画鋲で留められていた。
「シロー、なにこれ?」
「あーこれな! 暗号なんだけど、すげーんだよシローのやつがさあ! 見てみ、こんなふうにペンに巻きつけると……」
「おあああああ! すげえ!」
……バカ2人は放っといて、俺はポスターの落書きに注目する。
解散せよとの警告の横に矢印を引いて、ユニ助が【なんでですか?】と下手な文字で返事を書いている。
新たな文字があった。
【存在自体が罪】
昨日と同じ赤いボールペンで書かれている。文字の雰囲気は綺麗というより丁寧で、女子とも几帳面な男子とも区別がつかない。
今も俺たちのことを遠くから観察しているのだろうか。そう思うと寒気が背筋を走り抜ける。
「だあああっ! ムカつく! コケにしやがってこのヤロー!」
ユニ助は叫ぶと、持っていたペンで乱暴にポスターに文字を書き殴った。
【どこの誰だか知らねーけどこんなやり方はねーだろ! 言いたいことあんなら直接言えよ! 部室で待ってるからな!】
「ククク……」
背後で笑い声がした。振り返ると、サッカー部のユニフォームに身を包んだ男子生徒が腕組みしてこちらを見ていた。そのソフトモヒカンには見覚えがある。
「なんだベッカム、またゲロ吐きに来たのか?」
話しかけてほしそうだったので、ユニ助が声をかける。
「ちげーよバカ! いや、大変そうだと思ってな」
「何か知ってるのか?」
俺が訊ねると、ベッカムは自分が優位に立ったことを確信して意地の悪い薄ら笑いを浮かべた。
「まず謝れ。あの日のことを」
「いや、それは別にいいんだけどよ」
ユニ助は大きく息を吸ったかと思うと、両手でメガホンを作った。
「ベッカムくーん!! あのときはごめーん!! 走り込みの後にゲロ吐いてたのをー!! みんなにバラしてしまってー!! 隠れてこっそりゲロ――」
「ああああ声がデケエ! わかったわかった、もういいよ!」
校庭中に響くほどの大声でユニ助は謝罪した。ベッカムが両手をブンブンと振ってそれを遮ると、ユニ助は悪魔のような笑顔をした。ベッカムはきょとんとしているパーコをチラリと見て小さく舌打ちをした。
「ちっ、クソチビが……こっちは親切で来てやったっつーのによ。お前ら部活作ってんだろ? だったら『同好会潰し』に気をつけな」
「ハア? んだよそりゃあよ」
「身の振り方考えねーと、便所がてめーのランチスポットになるってことだ」
謎の決め台詞を残してベッカムは校庭に駆け足で戻っていった。
「あいつはずっと何を言ってるんだ?」
わざわざ部活を抜けて教えてくれたようだが、どうやらユニ助には伝わっていなかったようだ。もちろん俺にも。
「同好会潰し、だったか」
「私、友達に聞いてみるよ。ユニ助あんた便所飯だって、ウケる」
「他人事かよ!?」
同好会潰し。
得体の知れない闇にとりあえず名前がついた。何も解決していないが、少しだけ気分が楽になる。いつの間にか陽が傾いて肌寒くなってきた。俺はブレザーの内ポケットからハッカのロリポップを取り出した。
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