第9章 「村の外の道」
村を出ると、景色はすぐに変わった。
畑の緑が背後に遠ざかり、代わりに低い林が続く。朝の霧はまだ薄く残っていて、草の先に水滴を抱いている。
レオンは荷袋を背に、ただ歩いた。
振り返れば村の屋根が見える。その向こうにリリカの姿を探しそうになって、慌てて前を向いた。
(帰ってくる、と言えなかった)
あの沈黙は、自分でも重いと感じていた。
でも、約束できるほどの力も道も、今の自分にはなかった。
鳥の羽音が、森の奥から響いてくる。
足音のリズムはまだぎこちなく、長旅に慣れた身体ではないことを思い知らされる。
それでも歩き続けるたび、心の奥で何かが少しずつ溶けていくようだった。
ふと、昔の記憶が蘇る。
かつて「王都の守護」と呼ばれた剣聖の頃。背後に王族を置き、前に敵を睨んでいたあの頃。
剣だけを握りしめていればよかった。
けれど今は、剣は折れ、ただの旅人の足が地を踏んでいる。
昼過ぎ、街道沿いの石碑に腰を下ろした。
苔むした碑文は読めなかったが、祈りの場らしく、野花が供えられている。
レオンは無意識に手を合わせていた。
祈る相手は分からない。ただ、道行く者が足を止める理由が、少しだけ理解できた気がした。
夕刻、森の端で焚き火をおこす。
火花が散り、煙が空へ細く昇る。
その光を見つめながら、レオンは初めて「剣以外の手」に何を握れるのかを考えていた。
答えは、まだ遠い。
けれど、この道の先にあるのだと、確かに思えた。
ここでようやく「村の外」の一歩を描けました。
第8章までで“旅立つ決意”を固め、第9章で“世界との最初の接触”を描くことで、レオンの物語が広がり始めます。
次章では、初めての「出会い」を描きたいと思います。
それは人かもしれないし、風景かもしれない。
ですが確実に、レオンの旅を“ただの剣聖の延長”から少しずつ変えていくものになるでしょう。