第8章「世界を知る第1歩」
夜明け前、空はまだ群青色をしていた。
鶏の声が響くよりも早く、レオンは目を覚ましていた。
古い旅装束に袖を通す。昨日の夜、何度もほつれを直したその布は、相変わらず心許ない。
だが今は、それで十分だった。
木剣を埋めた空き地にもう一度立ち寄る。
土はしっとりと湿っていて、踏むたびに靴底が柔らかく沈む。
「……行ってくる」
声に返事はない。ただ風が頬を撫でる。
それを合図のように、背を向けた。
村の広場に着くと、もう何人かが起き出していた。
荷車の準備をするガルドが気づいて手を上げる。
「坊主、本当に行くのか」
「ああ」
「……そうか。なら道中、気をつけろよ」
短い言葉だったが、その声には父親のような重みがあった。
井戸のそばでは、リリカが待っていた。
両手に包みを抱え、少し不機嫌そうに言う。
「遅い。もう少しで朝ごはんの時間だったんだから」
「悪い」
受け取った包みから、薬草と干し肉の香りがする。
「これは……?」
「薬草茶と保存食。あんた、食べること忘れそうだから」
彼女は目を逸らし、そっぽを向いた。
「……帰ってくるんでしょ」
「……あぁ約束するよ」
レオンは微笑んだ。それは剣聖だった頃にはなかった、柔らかい笑みだった。
村の外れ。朝靄がゆっくりと道を覆っている。
一歩踏み出すと、湿った土が小さく音を立てた。
その音が、過去と未来の境界を区切ったように思えた。
振り返ると、村が朝日を浴びて輝いていた。
見慣れた風景が、もう少し遠くに感じる。
(生きる意味を探す旅だ。剣だけじゃなく、この世界そのものを……)
レオンは深く息を吸い、歩き出した。
風が前髪を揺らす。道はどこまでも続いている。
それは、はじまりだった。
レオンはついに村を出ました。
剣を失った少年が、初めて「この世界を旅する者」としての一歩を踏み出す。
次章からは、村の外に広がる人々・街・自然との出会いが待っています。
彼が剣以外に何を見て、何を掴んでいくのか──その旅路をぜひ見届けてください。




