表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第3章「剣を振れぬまま、風を見た」

【前書き】

剣の意味を見失った男が、風に耳を澄ませる。

この世界の“美しさ”が、彼の心を少しずつ動かしていく。

 村の朝は早い。

 鳥のさえずりと共に、人々が畑へと向かう音が重なり、静かだったはずの空気がゆっくりと動き始める。


 レオンは一人、村の裏手にある小さな丘に登っていた。

 木剣は今日も握っていたが、振る気にはなれなかった。


 風が吹く。

 遠くの草原がざわりと揺れた。


 「……綺麗だな」


 この世界の空は、以前の世界よりも広く澄んでいた。

 空の青も、草の緑も、鳥の声も──全てが鮮やかすぎて、剣だけを見ていた目にはまぶしかった。


 「何してるの、レオン?」


 リリカの声に、振り返る。

 彼女は手に小さな籠を抱えていた。朝摘みの薬草が顔を覗かせている。


 「見てただけ。……この風景を」


 「剣の練習、やめたの?」


 「いや……今日は、何となく」


 リリカは、レオンの隣に腰を下ろした。

 ふたりの間に、しばしの沈黙が流れる。だが、それは心地よいものだった。


 「ねぇ、レオン。小さい頃、風に向かって剣を振ってたでしょ」


 「……ああ」


 「あれ、なんでだったの?」


 「……風が、何かを連れてきそうだったから」


 レオンのその言葉に、リリカは小さく笑った。


 「変なの。でも、ちょっと分かるかも」


 その笑顔が、剣よりもまぶしいと思った。


 ──◇──


 その日の夕刻、村に一人の旅人が訪れた。


 フードを深くかぶったその男は、無言で井戸の水を飲み干し、村の掲示板に何かを貼りつけた。

 リリカの父がそれを見つけ、読み上げた。


 「……北の街道沿いで、盗賊団が頻発している。通行人の行方不明も出ているらしい」


 レオンはその紙を見つめながら、胸の奥に何かがざわめくのを感じた。


 この手では何も守れない。

 けれど、それでも──


 風が吹き抜ける中、レオンは何も言わず、ただ剣の柄を握りしめた。

 言葉では埋められない、心の隙間を確かめるように。

【後書き】

「剣を振る理由」がわからなくなったとき。

レオンは、ただ風を見ていた──。

次章では、彼の手が初めて“守りたいもの”へと伸びていくかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ