第23章「夜明け前の誓い」
「愛」とはなんでしょうねぇ
宿に戻った頃には、町はすっかり静けさに沈んでいた。
遠くで酒場の灯がひとつだけ瞬き、やがてそれも消えた。
子狼はベッドの足元に丸まり、眠りにつこうとしている。
その寝息は小さく、けれど確かに命の音を刻んでいた。
レオンは窓を開け放ち、夜気を吸い込んだ。
星が瞬く。
あの少年の言葉が耳に残っている。
──名付けは、守り続ける誓約。
──血よりも深い絆。
(名を与えることが……剣よりも重い誓いになるなんて)
剣聖だった頃、自分の誓いはすべて剣に込められていた。
誰かを守ることも、戦うことも、斬り伏せることも。
剣は己そのものであり、それ以上のものを考えることはなかった。
だが今は違う。
小さな命が、ただそこにいる。
この命に名を与えることは、剣を掲げることよりも──恐ろしい。
床に影が伸びる。子狼が小さく寝返りを打ち、ひと声だけ鳴いた。
レオンは胸の奥で小さく息を吐き、木剣を手に取った。
柄のひび割れを指先でなぞる。
過去の自分が剣に誓ったもの。
今の自分が、この命に誓おうとしているもの。
同じ「誓い」でも、まるで意味が違う。
窓の外が白み始めた。
夜明け前の冷たい風が、頬を撫でる。
レオンは木剣を膝に置き、まだ名のない小さな命を見つめた。
「……いつか、呼ぶ名を見つけよう」
その声は小さな誓いだった。
剣のためではなく、生きる意味のために。
名付けの文化を知ったレオンは、初めて「剣以外の誓い」に直面しました。
彼の心はまだ揺れていますが、子狼に名を与えることが旅の大きな転機となるはずです。
次章では、町の中での人々との交流を通じて、その決意がさらに形を帯びていきます。