第21章「酒場の灯り」
町で迎えた初めての夜。
市場の喧騒を抜け、レオンは人々の笑い声と酒の匂いに包まれる。
剣のない自分が、今どこに立っているのかを確かめる良い時間だった。
夜の町は昼間よりもずっと賑やかだった。
石畳に灯されたランタンの明かりが、黄金色の筋を作り出す。
行き交う人々の笑い声や音楽が混じり合い、昼の市場とは違うざわめきを響かせていた。
レオンは子狼を抱きかかえ、通り沿いの木造の建物に足を止めた。
看板には、擦れた文字で「酒場」と記されている。
窓の向こうから、笑い声と木の器がぶつかる音が聞こえた。
中に入ると、暖かい空気が一気に体を包んだ。
煙草と肉の匂い。ランプの灯りが壁を揺らし、粗末な机を照らす。
子狼は鼻をひくつかせ、不思議そうに尻尾を振った。
「お、見慣れねぇ顔だな」
カウンターの奥で、大柄な店主が声をかけてきた。
「旅人か?」
「ああ。少し道を休もうと思って」
「なら飲んでけ。宿も兼ねてる。狼は……まぁ、小さいうちは大目に見てやるよ」
そう言って店主は笑った。
それだけで、昼間市場で浴びた冷たい視線が少し和らいだ気がした。
席につくと、隣の卓から声が飛んできた。
「兄ちゃんも旅人か? どこから来た?」
酔いの回った商人風の男が、酒杯を掲げている。
「どこから……か」
レオンは少し考えてから、短く答えた。
「遠いところだ。……剣を置いて、旅を始めた」
男は目を丸くしたあと、豪快に笑った。
「剣を置いた? そりゃ珍しいな! この世の中、剣を欲しがる奴はいても、捨てた奴なんざ聞いたことがねぇ」
周りの客も笑いに加わる。
だが、嘲笑ではなく興味の混じった笑いだった。
その温度に、レオンの胸が少しだけ温まった。
夜が更ける頃、子狼は椅子の下で眠り込んでいた。
ランプの灯りがゆらめき、影が壁を走る。
レオンは静かに杯を口に運んだ。
「……剣以外の世界も、案外悪くないな」
その言葉は、灯りの中で小さく消えていった。
酒場の夜は、今世でのレオンにとって初めての“居場所”だった。
人の声、笑い、温かさ。そこに剣はなくても、生きる理由の欠片はあった。
次章では、酒場での偶然の会話が、新たな旅のきっかけとなっていく…かも?