第20章「旅人との邂逅」
市場の喧騒を抜けた先に、石造りの広場があった。
噴水が中央で水を跳ね上げ、子どもたちが歓声を上げて走り回っている。
レオンは石段に腰を下ろし、荷袋を足元に置いた。
子狼は水面に鼻先を近づけ、興味津々で水を飲んでいた。
その仕草に、思わず口元が緩む。
「……すっかり馴染んでるな」
そのとき、背後から声がした。
「珍しいな。狼の子なんて」
振り返ると、背に長弓を背負った旅人が立っていた。
茶色の外套は土埃にまみれ、長旅をしてきたことを物語っている。
「警戒されなかったのか?」と旅人は笑う。
「門の兵が許してくれた」
「運がいい。たいていは追い返されるぞ」
旅人は噴水の縁に腰掛け、革の水筒を開いた。
「俺はカイ。放浪の弓使いだ。お前は?」
「レオン。ただの旅人だ」
「ふむ。……その言い方、俺もよく使う」
カイは子狼に目をやり、にやりと笑った。
「その子、ちゃんと名はあるのか?」
レオンは答えられず、黙り込む。
子狼は首をかしげ、尻尾を揺らした。
沈黙を破ったのは、カイの言葉だった。
「名を持たぬものは、流れに飲まれやすい。
だが名を与えられた瞬間、その存在はこの世界に“居場所”を持つ…と俺は思う」
その言葉は、不意に胸を突いた。
剣聖として名を与えられた剣。
あのとき感じた“願いを込める感覚”が、ふと蘇る。
「……まだ、決めていない」
レオンは正直に言った。
「なら旅を続けろ。名は道の上で出会うもんだ。余計なお世話かもだけどな。」
カイはそう言い残し、広場を去っていった。
残されたレオンは、噴水の水面に映る子狼を見つめた。
「……居場所、か」
小さく呟いた言葉に、子狼が短く鳴いた。
弓使いの旅人・カイとの出会いは、レオンに「名の意味」を強く意識させるものだった。
剣に込めた願いの記憶と、これから託す願い。
やがてその名は、レオン自身の生きる意味と重なり合っていく。
生きるってなんだろうな?