第2章「剣が振れない、それだけのこと」
剣聖として戦い続けた男が、ひとつの命の終わりを経て──再び“赤子”として生まれ落ちた。
剣を振る以外の意味を知らなかった者が、新たな世界と向き合い始める。
これは、かつて剣で世界を守った者が、“剣を振る理由”そのものを見つけるまでの、静かで遠い旅のはじまり。
産声が上がった瞬間、確かに“意識”はあった。
──ここはどこだ? 体が、動かない。声も、出ない。
だが確かに、生きていると感じた。
光と闇の狭間で消えたはずの己が、“赤子”として再び世界に戻されたと知った。
誰かの腕に抱かれ、温かい声が聞こえる。
見覚えのない顔、聞き覚えのない言葉。
けれど、懐かしい空の匂いがした。
そして月日は流れた。
──◇──
レオン、と呼ばれるようになって、十五年が経つ。
彼は今、村の外れの小さな空き地で、一本の木剣を振っていた。
朝の風が吹き抜けるたびに、木の葉が揺れる音が耳に届く。
木剣の感触は、かつて握っていた剣とはまるで違った。
動かぬ筋肉、鈍い反応。
あの頃──“剣聖”と呼ばれていた頃の自分とは比べものにならない。
「……これが、俺の“才能”ってやつか」
思わず、自嘲のように笑ってしまう。
剣を振る理由を忘れたわけじゃない。
ただ、それを“振るうに足る意味”が、この手にはまだない。
レオンはもう一度、木剣を構え直す。
足元がずれる。手が震える。
たったそれだけで、情けなく思える。
「……っ、はッ!」
空を斬った木剣は、ただ風を割いただけだった。
「やっぱり、ここだった」
背後から聞こえた声に振り向くと、麦色の髪を三つ編みにした少女が立っていた。
リリカ。村で唯一の薬師の娘で、彼の幼なじみだ。
「また剣の稽古? ねぇ、手……見せて?」
レオンは無言で手を差し出した。
彼女の指先が、傷んだ手のひらにそっと触れる。
「……痛そう」
「慣れてるさ」
「それでも、無理しないで。……ねぇ、なんでそんなに剣にこだわるの?」
レオンはすぐには答えなかった。
言葉にできるほど、整理できているわけではなかったから。
かつて剣しか知らなかった。
剣を通してしか、世界と繋がれなかった。
そして今──再び“生きて”いるこの世界で、自分は何を振るえばいいのだろうか。
「……分からない。ただ、たぶん俺は……“剣を振る理由”を探してるんだと思う」
リリカは、優しく微笑んだ。
「そっか。じゃあ、いつか見つかるといいね」
彼女の声は、どこかで聞いた子守唄のように、心に染みていった。
ここから物語は本格的に“現在のレオン”として進んでいきます。
チートも称号も、派手な戦闘もありません。ただ、“かつての英雄”がもう一度世界に触れ、自分の居場所と意味を探していく物語です。
まだ何者でもない少年が、かつての記憶と痛みを抱えて──新しい人生を、歩き始めます。
次回、第3章もお楽しみに。