第19章「市場のざわめき」
石畳の道を抜けると、視界が一気に広がった。
そこには、色とりどりの布で覆われた露店が並び、人々の声と匂いが渦を巻いていた。
「安いよ安いよ! 今朝獲れた魚だ!」
「南の街道から香辛料だ、ほら、匂いを嗅いでみな!」
「靴の修繕だよ、すぐ直してやる!」
それぞれの声が重なり合い、市場は生き物のように脈打っている。
レオンは思わず立ち止まり、息をのんだ。
かつて王都の華やかさは知っていた。だが今の自分にとって、この光景は全く違う意味を持っていた。
足元で子狼が鼻をひくつかせ、人混みの匂いに戸惑っている。
通りすがりの女商人が、それに気づいて眉をひそめた。
「狼じゃないか!? 危ないよ!」
その声に周囲の視線が集まる。
レオンは慌てて子狼を抱き上げた。
「害はない。まだ子どもだ」
「子どもでも狼は狼だろう」
冷たい言葉が返る。人々の間にざわめきが広がっていく。
胸がざわつく。
剣なら振れば応えられた。
だが今、求められているのは剣ではなく“言葉”だ。
レオンは深く息を吸い込んだ。
「こいつは……俺の相棒だ。手放すつもりはない」
はっきりと言葉にした瞬間、自分の中で何かが固まった気がした。
沈黙の後、年配の八百屋の男が笑った。
「ならしっかり育てろ。獣も人も、信じたやつに似ていくもんだ」
その一言で、張りつめていた空気が少し和らいだ。
子狼はレオンの腕の中で尻尾を振る。
まるで「大丈夫だ」と言っているように。
初めての町で直面した、人々の視線と不安。
それでもレオンは「相棒」と口にしたことで、初めて自分の選んだ道を肯定できた。
次章では、市場の片隅で思いがけない“人との出会い”が、旅に新たな影を落とすことになる。