第14章「名を探す旅の途中で」
旅は、景色を変えるだけではない。
隣にいる小さな命との時間が、レオンに“言葉の重み”を考えさせていく。
朝の森は、霧がまだ晴れきっていなかった。
枝から滴る水滴がぽたりと音を立て、苔むした地面に吸い込まれていく。
レオンは腰の袋を整えながら、後ろを振り返った。
小さな影が、ちょこちょこと付いてくる。
昨日よりも歩調が軽い。怪我も少しずつ癒えてきているのだろう。
「……お前、本当にしぶといな」
子狼は尻尾をふりふりと動かし、小さく鳴いた。
森を抜ける道の途中、野花が一面に咲いている場所に出る。
黄色、白、紫。名前も知らない花々の群れ。
レオンは足を止め、子狼の頭を撫でた。
「名前、どうするか……」
かつて、剣には必ず名を与えた。
鋼の刃に魂を込めるように。
“風切”“暁”“灰鎧”……いくつもの名が、戦いと共に消えていった。
その中でも、一振りだけが強く記憶に残っている。
鍛冶屋の親方に託された剣。
火花が飛ぶ工房の中で、親方は不器用に笑って言った。
「名はな、願いだ。お前がどうあってほしいか。それを込めてやるんだ」
その剣に、自分は“守護”と名付けた。
守るためだけに生きていた自分に、あまりに相応しい名だった。
だが――今、隣にいる小さな命に、同じ願いを託すのは違う気がした。
子狼は草むらに鼻を突っ込み、花びらをくしゃみで散らせている。
その仕草に、思わず笑みが零れた。
「……今はまだ決めない。旅の中で、いつか見つけよう」
子狼は再び小さく鳴き、まるで同意するようにレオンの足元に寄り添った。
剣に名を与えたように、小さな命にも名を与えようとしている。
けれど、かつての“守るためだけ”の名ではない。
旅の中で、新しい意味を込めた名前が見つかるまで、彼らは共に歩き続ける。