第11章 小さな命の声
夜明け前の森は、冷たい。
湿った土と苔の匂いの中に、弱々しい鳴き声が混じっていた。
レオンは足を止め、声のする方へ耳を澄ませる。
──くぅん。
草むらの影に、小さな狼の子が横たわっていた。
片足に深い傷。血で毛並みが固まり、震える身体は今にも途切れそうな呼吸を繰り返している。
レオンは膝をつき、手を伸ばしかけて、止めた。
(……生き残れるのか?)
弱り切った命に触れるのは、かえって残酷なことかもしれない。
だが次の瞬間、子狼の濁った瞳が、必死にこちらを見上げた。
その眼差しは、まだ生きたいと訴えていた。
レオンはため息をつき、背の袋を探った。
薬草を取り出し、布を裂いて包帯を作る。震える手で傷を拭い、葉をすり潰して押し当てる。
血がにじむ指先に、昔の戦場の記憶が重なる。
だが今は剣ではなく、命を繋ぐために手を動かしていた。
──◇──
二日目。
子狼はまだ立ち上がれなかった。
レオンは焚き火のそばに置いた葉の敷物の上で、息づかいを確かめる。
わずかに深くなった呼吸に、ほんの少し安堵する。
水を口元に近づけると、舌がぴくりと動いた。
「……飲めるか?」
手のひらから少しずつ流す。ごくりと喉が鳴ったとき、レオンの胸が熱くなる。
──◇──
三日目。
子狼は食べ物を口にした。
干し肉を小さく裂き、火で炙って柔らかくする。
自分の分を削って差し出すと、警戒しながらもかじりついた。
その小さな歯の感触に、レオンは思わず笑みをこぼす。
「……そうか、生きたいんだな」
──◇──
五日目。
子狼は前足で地面を掻き、立ち上がろうとした。
だが後ろ足が震え、また崩れ落ちる。
レオンは黙って抱え上げ、焚き火のそばに戻す。
その温もりが胸に伝わり、いつしか彼自身の孤独を薄めていた。
夜。
焚き火の向こうで星々が揺れている。
小さな寝息が隣から聞こえるたび、レオンは思う。
(旅は一人で行くものだと、決めていたのに……)
だが、この出会いを無視していたら、自分の中の何かもきっと死んでいただろう。
──小さな命が、レオンの旅に寄り添い始めた。
レオンが「誰かを救う」という大仰な使命ではなく、ただ目の前の小さな命に手を伸ばす。
この積み重ねこそが、彼の“新しい生きる意味”へと繋がっていきます。
次章では、まだ歩けぬ子狼と共に進む旅の続きが描かれます。