表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/24

第11章 小さな命の声

夜明け前の森は、冷たい。

湿った土と苔の匂いの中に、弱々しい鳴き声が混じっていた。


レオンは足を止め、声のする方へ耳を澄ませる。

──くぅん。

草むらの影に、小さな狼の子が横たわっていた。

片足に深い傷。血で毛並みが固まり、震える身体は今にも途切れそうな呼吸を繰り返している。


レオンは膝をつき、手を伸ばしかけて、止めた。

(……生き残れるのか?)

弱り切った命に触れるのは、かえって残酷なことかもしれない。

だが次の瞬間、子狼の濁った瞳が、必死にこちらを見上げた。

その眼差しは、まだ生きたいと訴えていた。


レオンはため息をつき、背の袋を探った。

薬草を取り出し、布を裂いて包帯を作る。震える手で傷を拭い、葉をすり潰して押し当てる。

血がにじむ指先に、昔の戦場の記憶が重なる。

だが今は剣ではなく、命を繋ぐために手を動かしていた。


──◇──


二日目。

子狼はまだ立ち上がれなかった。

レオンは焚き火のそばに置いた葉の敷物の上で、息づかいを確かめる。

わずかに深くなった呼吸に、ほんの少し安堵する。


水を口元に近づけると、舌がぴくりと動いた。

「……飲めるか?」

手のひらから少しずつ流す。ごくりと喉が鳴ったとき、レオンの胸が熱くなる。


──◇──


三日目。

子狼は食べ物を口にした。

干し肉を小さく裂き、火で炙って柔らかくする。

自分の分を削って差し出すと、警戒しながらもかじりついた。

その小さな歯の感触に、レオンは思わず笑みをこぼす。


「……そうか、生きたいんだな」


──◇──


五日目。

子狼は前足で地面を掻き、立ち上がろうとした。

だが後ろ足が震え、また崩れ落ちる。

レオンは黙って抱え上げ、焚き火のそばに戻す。

その温もりが胸に伝わり、いつしか彼自身の孤独を薄めていた。


夜。

焚き火の向こうで星々が揺れている。

小さな寝息が隣から聞こえるたび、レオンは思う。


(旅は一人で行くものだと、決めていたのに……)


だが、この出会いを無視していたら、自分の中の何かもきっと死んでいただろう。


──小さな命が、レオンの旅に寄り添い始めた。

レオンが「誰かを救う」という大仰な使命ではなく、ただ目の前の小さな命に手を伸ばす。

この積み重ねこそが、彼の“新しい生きる意味”へと繋がっていきます。

次章では、まだ歩けぬ子狼と共に進む旅の続きが描かれます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ