第10章 「道のほとりの影」
翌朝、空は薄曇りだった。
昨夜の焚き火の跡を靴でならし、レオンは歩き出した。
森を抜けた街道は思ったより広く、馬車の轍が幾筋も刻まれている。人の往来があるはずなのに、道は妙に静かだった。
昼を過ぎたころ、道端に座り込む影を見つける。
小柄な老人が荷車の横で肩を落とし、額の汗をぬぐっていた。
荷車の車輪が深く泥に沈み、びくとも動かない。
「……どうしたんですか?」
声をかけると、老人は驚いたように振り向いた。
「おお……すまんの、若いの。車輪が抜けんでな。ひとりではどうにもならん」
レオンは荷袋を降ろし、泥に足を踏み入れた。
力を込めて押すと、全身の筋肉が悲鳴をあげる。
それでも剣ではなく、ただの荷車を押し出すための力。
やがて、ぐらりと車輪が泥を離れ、ようやく荷車が動き出した。
「助かった……! 本当に助かったぞ」
老人は深々と頭を下げる。
レオンは息を整えながら、ただ「いえ」と答えた。
ふと、胸の奥が温かくなる。
剣を抜いたわけでもない。敵を倒したわけでもない。
ただ困っている人を助けた。それだけのことが、なぜか強く心に残った。
「どこへ行くんじゃ?」と老人が問う。
「……まだ決めてない」
素直にそう答えると、老人は目を細めて笑った。
「なら、この道はええ。出会うものすべてが、行き先になる」
夕暮れ、老人と別れて再び歩き出す。
沈む陽が街道を赤く染める。
レオンは思った。
(剣ではなくても……“この手でできること”はあるんだな)
胸の奥に、小さな確信の灯がともる。
旅は、まだ始まったばかりだ。
この章では「最初の出会い」を通じて、レオンが“剣を抜かずとも誰かを助けられる”ことに気づきました。
それは小さなことですが、彼の心を確実に変えていく第一歩です。
次章では、もう少し“人の営み”に触れさせたいと思います。
旅人や商人の町に寄り、村とは違う広い世界を見せることで、彼の旅のテーマ「剣以外の意味」がさらに色濃くなっていくでしょう。