第一章 その剣に、意味があった日
かつて、剣を振るう意味を考えたことはなかった。
ただ、守ると決めた人がいた。 その人のために剣を握ることが、呼吸のように当たり前だった。
これは、そんな男の“終わり”の物語であり── 同時に、“始まり”の物語でもある。
空が、赤かった。
灰が舞う。
大広間のステンドグラスが割れ、瓦礫と血の混じった風が吹き抜けていく。
王国の象徴だった紋章の旗が、燃えていた。
「殿下……こちらへ!」
剣を構えたクロードが、少年の腕を引いた。
彼の名はセレリウス。若き王子、王家の最後の光。
「……ク、クロード……!」
震える声に、振り返らずに言った。
「喋らないでください。今は、生きることだけを考えて」
クロードの顔は血に濡れていた。
鎧は刃に斬られ、いくつも傷が穿たれている。
けれど剣は、まだ折れていなかった。
この剣は、セレリウスを守るためだけにある。
それが、クロードという男の存在理由だった。
──そして、その瞬間は来た。
大広間の奥から、重い音が響いた。
盾を持ち、黒い甲冑に身を包んだ男たちが現れる。
その中心に立つのは、反乱軍の将──セレリウスの叔父である、元王弟。
「見つけたぞ、小僧。まさかまだ生きていたとはな」
その声に、王子の肩が震える。
クロードはゆっくりと振り返った。
「……その口で、殿下を“小僧”などと呼ぶな」
黒甲冑の兵士たちが動きを止めた。
クロードの声には、鉄の刃より鋭い殺気が宿っていた。
「“セレリウス殿下”だ。貴様ごときが、名前を口にするな──!」
敵将が口元を歪める。
「さすがは忠犬……だが、主が死ねば、犬もまた道を失うものだ」
「その言葉、聞き捨てならんな」
クロードは剣を構え直す。
その姿は、もはや一個の騎士ではなく、誇りそのものだった。
王子が、クロードの背をつかむ。
「クロード……もういい。逃げて。君だけでも……!」
「それは、できません」
クロードは微笑んだ。
こんな戦場で、まるで春の陽だまりのような笑みだった。
「私が剣を学び、ここに在るのは──あなたを守るためです。
それが、私のすべてですから」
黒甲冑の兵たちが、一斉に動いた。
刹那、金属音と風が交錯する。
クロードは斬った。斬って、斬って、それでも斬られて、
最後の一撃が、王子へと迫った瞬間──
「っ、あ──」
クロードは、王子の前に立ち、盾もない身体で、その刃を受け止めた。
肉が裂ける音がした。
血が飛び、クロードの膝が崩れた。
「クロード……!!」
王子の叫びは遠くなる。
意識が、焼けるように揺れていた。
もう、目が見えなかった。
けれど、王子の手だけは、まだ触れていた。
「……守れました、ね……殿下……」
「ダメだ……! お願い、死なないでくれ、クロード……!」
「ふ……ふふ……それは……無理な話です……。でも……良かった……」
喉から、血が溢れる。
「これで……俺の剣に……意味があったと……思える……」
クロード・グレンツェ。
王子を守るために剣を振るい続けた男は、その日、最期の使命を果たして──
命を終えた。
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【続く】
第二章『剣なき再誕』
最後の瞬間、クロードが守ったものは、命ではなく「誇り」だった。
剣に込めた想い。 信じていたもの。 命よりも重い“絆”。
けれどそれが絶たれた今、 彼の旅は、もう一度“生きる意味”を探すところから始まる。
この先、何を信じ、何のために剣を握るのか。 彼の再生の物語を、見届けてくれたら嬉しい。