ほしがり妹のその末路
さっくりと終わります。
一応ハッピーエンド。
お姉ちゃんなんだから、妹に譲りなさい。
お姉ちゃんなんだから、妹に優しくしなさい。
お姉ちゃんなんだから、妹の代わりにやりなさい。
お姉ちゃんなんだから。
何百、何千と、その言葉を聞いてきただろうか。
お姉ちゃんなんだから、そう言われる度に、アリアーナの心には小さなヒビが入っていった。
小さなヒビはやがてだんだんと大きくなり、やがてアリアーナの心に穴をあけた。
その穴から零れ落ちていったのは、いったいなんだったのだろうか。
***
ファビウス王国のオルフェウス伯爵家は、国の中でも特に古い歴史を持つ名家だ。
そんな伯爵家には、娘が二人いる。
星のように輝く銀髪に、美しく煌めくタンザナイトの宝石のような青紫の瞳を持つ姉、アリアーナ・オルフェウス。
曇天のような鈍い銀髪に、錆のような赤茶色の瞳を持つ妹、エリアーデ・オルフェウス。
どちらも整った顔立ちであったが、華やかな色彩を持つアリアーナのほうが圧倒的に美しいと評判だった。
控えめな性格で優しく、礼儀作法も美しく頭も良いアリアーナに友人が多いのに対し、エリアーデの周りには人が集まらなかった。
それはエリアーデが横暴に振舞ったりした結果で容姿は特に関係はなかったのだが、可哀そうに思った両親はことさらエリアーデを甘やかした。
アリアーナの冷たい美貌が、厳格で冷徹な前伯爵夫人を思い起こさせたのも、姉妹の扱いに差がついた原因の一つだった。
両親に甘やかされたエリアーデは、だんだんと調子に乗るようになった。
アリアーナが大切にしていたぬいぐるみ、美しい装丁と挿絵のついた本、使い心地の良い文房具。
アクセサリーに雑貨、可愛らしいリボン、ドレスやワンピース、アリアーナが気に入ったもの、そのどれもが、エリアーデが『お姉さまずるい!』と騒いでアリアーナの手から消えていった。
新しいものを手に入れる度にエリアーデがそうして騒ぐので、ついには新しいものを補填すらされなくなった。
おかげでアリアーナの部屋は、良く言えば男性の部屋よりもシンプルに、悪く言えば質素になった。
本棚にはエリアーデの欲しがらない分厚い本ばかりが並び、クローゼットには装飾品の一切ついていないシンプルで地味なドレスのみ。
アクセサリーに至っては、貴族階級を示す家紋入りの指輪ひとつのみ。
この指輪は貴族の家に子供が生まれたときに神殿から授けられるものであり、魔法によって管理されている。
だからエリアーデがどんなに欲しいと言って泣き叫ぼうが、こればかりはどうしようもなかった。
それなのにその日アリアーナはエリアーデを悲しませたと理不尽に怒られ、一日中部屋に閉じ込められることになった。
やがて、アリアーナとエリアーデは明確に差を付けられるようになった。
アリアーナの侍女は外され、食事の量は減り、エリアーデのドレスは一流の服飾店のオーダーメイドなのに対し、アリアーナは庶民も対象にした既製品のドレスのみ。
ついには家庭教師すらエリアーデの『お姉さまばかりずるい!』の一言で解雇された。
自分は勉強が嫌いで、家庭教師を拒絶したにも関わらず。
アリアーナとて、自分の状況を不服に思い、領都にいる祖父母に助けを求めたことがある。
祖父母は孫の現状に激怒し、息子夫婦へお叱りの手紙を送った。
しかし祖父は病気で療養中、祖母は足を悪くして車いすに乗っていて、王都へ来ることは出来ない。
それを良いことに、手紙はさらりと目を通しただけで投げ捨てられ、アリアーナは妹の悪口を言うなと怒られて、また一日中部屋に閉じ込められた。
アリアーナはやがて全てを諦め、極力物を増やさないことにした。
しかしどうしても、誕生日の日はプレゼントを貰うことになる。
その度にエリアーデは大騒ぎし、ずるいずるいと泣き喚いた。
自分の誕生日には何着もドレスを新調し、これでもかと欲しいものを欲張り、大量のプレゼントに囲まれて満足そうにしているくせに。
あまりにもエリアーデがうるさいので、アリアーナの誕生日は次第に規模を縮小されていき、ついには祝う事すらされなくなった。
祖父母や友人が贈ってくれるプレゼントは、アリアーナの目に触れることなく全てエリアーデのものになった。
そんな日々が数年続き、アリアーナは十二歳になった。
ファビウス王国では、十二歳から学校へ通うことができるようになる。
数ある学校の中でアリアーナが選んだのは、王国で最も歴史があり、最も入学が難しいとされるヘネシス王立学園だった。
アリアーナは首席で合格し、迷うことなく寮生活を選択した。
学園の制服は超一流デザイナーによってデザインされた大変可愛らしいもので、エリアーデは案の定ずるいといって欲しがった。
しかしこの制服は支給品であり、成績優秀者にしか許されない特別な装飾がされている特別製だったので、どうにもできなかった。
騒ぎすぎてエリアーデは失神し、アリアーナは妹に意地悪をしたと怒られて一日中部屋に閉じ込められた。
そして始まった学園での日々は、それはそれは素晴らしいものだった。
両親は最低限しか仕送りをくれなかったが、それを見越して祖父母が援助を申し出てくれたので、アリアーナは今までできなかったことをすることにした。
欲しかった可愛い私服や文房具、部屋を彩る雑貨を心置きなく手に入れることができたアリアーナは、だんだんと心の穴を埋めていった。
エリアーデのせいで疎遠になっていた友人たちとも再会して無事に仲を取り戻し、新たな交流関係も築いた。
前もって申請すれば実家に帰ることができたが、アリアーナは一度も帰ることなく誕生日を迎えた。
祖父母はもう、伯爵邸にプレゼントを贈らなかった。
寮のアリアーナの部屋には、素晴らしいプレゼントが山積みになった。
この学園では必要最低限の支援以外禁止されているのだが、恐らく祖父母から話を入れてくれたのだろう。
ちょっぴり豪華な量のごはんを食べながら、アリアーナは幸せな気分を味わった。
しばらくしてエリアーデも学園を受験したようだが、成績不十分で入学を拒否されたようだった。
お姉さまが悪いだのなんだの文句が書き連ねられた手紙が送られてきたが、ちらりと読んでから開封すらしていない両親からの手紙とまとめて暖炉に放り込んだ。
アリアーナはやがて、学園を首席で卒業した。
アリアーナは十六歳になっていた。
ファビウス王国では、十六歳から成人として扱われる。
そして、本格的に社交界へ出ることを許される。
つまりデビュタントを迎えるのだ。
在学中に増えた私物をどうするか、アリアーナは三日くらい真剣に悩んだ。
悩んだ末に、アリアーナは再従妹である一学年下の第一王女に頼み込み、城の倉庫で保管して貰うことにした。
前国王陛下と祖母は仲の良い兄妹だったので、快く許可が降りた。
その際に当然ながら説明を求められたので、アリアーナは今までため込んでいたものをすべてぶちまけた。
オルフェウス伯爵家における、アリアーナの不遇を。
退寮の日を迎え、アリアーナは重い足取りで伯爵邸へ帰った。
卒業式には誰も来なかった。
伯爵邸に足を踏み入れた途端、騒がしい足音を立ててやって来たエリアーデは、アリアーナが持っていた鞄を引ったくり、容赦なく中身を床にぶちまけた。
アリアーナは立ち尽くしたまま、自分の荷物を物色している妹を冷めた目で見つめていた。
やがて、興味をそそる物がなかったのか、エリアーデは舌打ちをして去っていった。
ご丁寧にも卒業証書を踏みつけて。
物音に気付いて奥から出てきた両親は、散らかった床を見、立ち尽くすアリアーナにさっさと片付けるように言って戻っていった。
アリアーナはその背中を感情を持たない無機質な瞳でじっと眺めていた。
その後でエリアーデが学園の成績を自慢されて馬鹿にされたと騒いだので、アリアーナは部屋に閉じ込められた。
その日はデビュタントだった。
伯爵邸のアリアーナの部屋には、見事に何もなかった。
本棚に置いてあったはずの本は売り払われたのか、すべて空。
カーテンすら剥がされ、家具には埃除けのシーツがかけられている。
アリアーナはそんな部屋で窓に寄せた椅子に座り、じっと外を眺めていた。
日が落ち、月が昇り。
月が落ち、日が昇った。
デビュタントの次の日。
オルフェウス伯爵家の前に、豪華な馬車が一台停まった。
美しい紋章のついた、王家の馬車だった。
屋敷内がにわかに騒がしくなる。
荒い足音が近づいてきて、アリアーナの部屋の扉が乱暴に開かれた。
窓の外に向けていた目をそちらに移す。
アリアーナの視界いっぱいに、美しい金髪が広がった。
「アリアーナ!すまない、遅くなった」
「・・・リュシアン殿下」
きらきらとした輝く金髪に、アリアーナとおそろいのタンザナイトのような青紫の瞳。
リュシアン・ファビウス・グランスター。
ファビウス王国の王太子であり、アリアーナの再従兄弟だ。
「デビュタントに現れなかったから、まさかと思ったが・・・まさか由緒あるオルフェウス伯爵家が王家の血を引く娘にこのような仕打ちをしていようとは」
アリアーナを抱きしめて立ち上がったリュシアンは、瞳に燃えるような怒りを宿し、追いかけてきた伯爵夫妻を睨みつけた。
顔面蒼白になりながら立ち尽くす両親をぼんやりと眺めたアリアーナは、その後ろで頬を染めてリュシアンを見つめるエリアーデを見つけてげんなりとした。
その顔はまさしく、恋する乙女のようである。
「リュシアン様とおっしゃるんですか?素敵なお名前ですね!ぜひあたしとお茶をしましょうよ!」
両親を押しのけたエリアーデは、空気を読まず無遠慮にリュシアンに話しかけた。
リュシアンの瞳がエリアーデを捉え、不快気に細められる。
「私を名前で呼ぶことを許可した覚えはない」
「え、お姉さまは呼んでいたではないですか!お姉さまばかりずるいです!」
いつものように、エリアーデは言った。
『お姉さまはずるい』と。
次の瞬間、リュシアンの魔力が爆発した。
目を焼く白い閃光。
両親が目を覆って跪く。
次に両親が顔を上げたとき、エリアーデが立っていたところには一羽のインコがいた。
『おねえさまずるい!ずるいずるいずるい!』
インコはそう叫んで、羽をばたつかせる。
リュシアンは呆然とする両親とインコになったエリアーデを横目に、アリアーナを抱き上げて颯爽と部屋を出た。
「あとは任せる」
そう言ったリュシアンの背後で、闇が蠢いた。
王家に仕える影たちだ。
恐らく両親とエリアーデは、この屋敷からいなくなるのだろう。
「殿下。使用人たちは精一杯、私を助けてくれました」
「わかっている。心配するな」
「・・・助けてくれて、ありがとうございます」
「・・・お前がデビュタントに現れず、どんなに焦ったことか」
「まぁ、光栄ですわ」
アリアーナは自分を抱き寄せるリュシアンの手に、そっと自分の手を重ねた。
その指には家紋の指輪の他に、揃いの指輪が光っている。
「妹が、デビュタントパーティーをやり直すと張り切っている」
「・・・うれしいです。殿下が贈ってくれたドレスを着て、ダンスを踊るのを楽しみにしていたので」
いつになく素直なアリアーナの言葉を聞いて、リュシアンがほんのりと顔を赤くした。
「俺も、楽しみにしていた」
外に出ると、柔らかな日差しが二人に降り注ぐ。
タンザナイトの瞳が柔らかく微笑み、リュシアンはアリアーナの額にキスをした。
「アリアーナ、愛してる。この世界誰よりも」
「わたしもです。殿下」
***
アリアーナの心の穴は、もう完全にふさがった。
国王となったリュシアンの隣で、アリアーナは慈悲深い王妃として人気を集めた。
オルフェウス伯爵家の伯爵と伯爵夫人、エリアーデの突然の失踪は、新聞の片隅に掲載されたのみで忘れ去られ、宙に浮いた伯爵位はやがてアリアーナの子供か孫の誰かに譲渡されるだろう。
王都から遥か北の辺境には、死んだほうがましとさえ言われる監獄がある。
入ったら死ぬまで出ることのできないそこで、今日も一羽のインコがぎゃあぎゃあと騒ぐ。
『おねえさまばかりずるい!ずるい!ずるいずるいずるい!』
評価いただくと泣いて喜びます。