表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

続・浮気の代償

 あたしは、あいつが好きじゃない──




 まったく、何なのよあいつは!?

 

 今日、いきなりウチにやってきたあいつ。マコトと仲良さそうに話してる。ううう、なんかムカつく。

 マコトもマコトよ! なんなの、あの態度は! ヘラヘラ笑っちゃって、情けないったらありゃしない! 

 そりゃまあ、悪い女には見えないわ。通りで見かける、チャラチャラした女とほ違うってのはわかる。根は優しそうだし、香水とかいう臭い匂いのするのつけてないし、ジャラジャラしたのも付けてないしね。

 でも、あたしは騙されないんだから! マコトに相応しい女かどうか、あたしがきっちり確かめてやるのよ! 

 

 だから、まずは遠くから観察ね。 じっくり眺めてやるわ。このあたしの目をごまかせると思ったら、大間違いなんだからね!

 うわ、あいつマコトにベタベタ触ってやがる! あたしのマコトに何してんのよ! 初っ端から馴れ馴れしい! 

 もう怒った! あいつ、マコトに相応しい女じゃないわ! 


 ん、何あいつ!? あたしを見てニコニコしてるじゃない!

 ふん、どうせマコトの前で可愛い女アピールしてるだけでしょ! デカい図体しやがって! あたしは騙されないんだからね!  

 ちょっと何よ! マコトの奴、困った顔してるじゃない! あたしとその女、どっちを選ぶの!?

 フッ、面白いじゃないの。こうなったら、この女の前で見せつけてやるわ。あたしとマコトが、どんだけ愛し合ってるかをね。あんたなんかの入る隙間なんか、ありゃしないのよ!

 見てなさいよ……今から、地団駄踏んで悔しがらせてやるから!


 ・・・


「何が起きてるんだ……」


 誠は、唖然となっていた。

 突然、部屋に入ってきたのは飼い猫のニャムコである。今年で二歳になるハチワレの雌猫だ。体は大きくて毛はふさふさしており、コロコロとよく太っている。顔はまんまるで、お腹回りにはタプタプと肉が付いていた。

 そのニャムコに向かい、黄色い声を発した者がいる。


「この猫、すっごく可愛いじゃん!」


 声を出した女は、ニャムコの仕草を目を細めて見ている。会社での険しい表情が嘘のようだ。

 誠は、困惑した表情で両者を眺めていた。




 この女・蝶力(チョウリキ)寅美(トラミ)は、誠の上役なのである。

 四月から誠の課にやってきた寅美は、恐ろしい女だった。身長は百九十センチで体重は百キロ、柔道三段で空手二段という武闘派である。学生時代、暴漢に襲われていた社長を助けたのが縁で入社したという変わった経歴の持ち主だ。

 会社ではいつも厳しい態度であり、言葉も荒い。部下を怒鳴り散らすのは、しょっちゅうである。そのため、部下たちからは猛獣のごとき扱いを受けていた。

 また、彼女は馴れ合いを嫌っているのか、部下を誘って飲みに行く……ということもない。もっとも、部下たちにしてみれば、ありがたい話ではあった。

 プライベートは謎に包まれており、本人も一切口にしない。「アルバイトで用心棒やってる」などという噂もあるくらいだ。

 そんな彼女を、部下たちは嫌っていた。誠も、寅美をなるべく避けるようにはしている。まあ、そのうちパワハラで訴えられ消えるだろう……と思っていた。


 そんな彼女が、なにゆえに誠の部屋にいるのかというと……先ほど、道ばたでヤンキーに絡まれボコボコに殴られていた誠を、偶然に通りかかった寅美が助けたためである。

 ヤンキーを追っ払った後、誠の傷を治療するため、半ば無理やり家に来てしまったのだ。

 そう、寅美は怖い女で馴れ合いを嫌っているが、実は面倒見がいいのである。会社では、見せたことのない部分だ。


 意外ではあったが、それでも誠は、こんな怖い女上司に長居して欲しくない。何を話せばいいかわからないし、それ以前に緊張する。これまで、彼女を女性として見たことなど一瞬たりとてなかった。

 助けられた恩があるため、仕方なく家に入れたが、本音をいうなら、さっさと帰ってほしかった。

 しかし、とんでもないことが起きてしまった。いきなりドスドスという足音が聞こえてきたかと思うと、部屋に乱入してきたものがいた。

 飼い猫のニャムコである。この猫、基本的に来客が来ると隠れてしまうタイプだ。

 しかし、今日は違っていた。寅美の前を悠然とした態度で通っていったかと思うと、肉のたっぷりついた体を、誠に擦り寄せて来たのだ。

 唖然となる誠。しかし、ニャムコは喉をゴロゴロ言わせながら、誠のそばをウロウロしている。


「ニャムコ、本当に可愛い。食べちゃいたい……」


 言ったのは寅美だ。誠の周囲をぐるぐる回り、時おり頬を擦り寄せるニャムコを、うっとりとした目で見ている。傷の手当ては終わったのに、帰る気配がない。さすがに帰れとも言えない。

 どうしたものかと困惑する誠に対し、ニャムコのイチャラブぶりは激しさを増していく。

 今では、仰向けの体勢でポッコリお腹を披露しつつ、喉をゴロゴロ鳴らしながら体をくねらせているのだ。時おり、チラチラと寅美を見てもいる。どこか挑発的な目である。

 ニャムコはどうしたのだろう? という疑問もあった。だが、今の誠は、寅美の顔から目が離せずにいた。


 今まで気づかなかった。

 寅美さんて、こんな可愛い顔してるんだ。

 そういえば、ニャムコに似てるな……。


 これまで誠は、寅美の体の大きさや腕っぷしの強さ、そして職場で見せる厳しい姿勢……といった部分しか見ていなかった。

 しかし今は、誠の前で真逆の姿を見せている。ニャムコをうっとりした表情で見つめる顔からは、キュンとくるものを感じていた。

 これは、雨の中で捨てられた猫を撫でるヤンキーと同じ効果だろうか。そのギャップに、誠はKOされてしまった。本人も気がつかぬうちに、寅美に惹き寄せられてしまったのである。




 この日を境に、誠と寅美の仲は急速に接近していった。

 ニャムコ見たさに、寅美は適当な理由を付けては、たびたび誠の家に押しかけるようになってしまった。会社の中でそっと「ねえ、今日も行っていい?」と小声で聞いてくるのだ。

 誠も、そんな寅美を歓迎するようになっていた。今では、手料理でもてなすようになっている。

 皮肉にも、恋のキューピッドの役割を果たしてしまったニャムコは……今では、寅美にすっかり懐いてしまった。寅美が土産として持ってくるゴールデンデリーシャスちゅーるや、キングモンペチにやられてしまったのである。



 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ