湯けむり素肌の距離
脱衣所の扉を開けると、そこには温かな湿気と、ほんのりとした湯の香りが広がっていた。思わず鼻がくすぐったくなる。
目の前に広がるのは、白いタイルの床と、壁際にずらりと並ぶロッカー。そして、楽しげに駆けていく同世代の少女たちの笑い声。
彼女たちは脱いだ服を手に、すぐさま浴場へと消えていく。
――そうだよね。
誰だって、温かいお風呂には飢えていた。
私たちは、冷たい水が当たり前の生活だった。
シャワーからお湯が出るなんて夢のまた夢で、家では水をちょろちょろと出して体を拭き、髪を流す。暖かさよりも寒さに耐える方が日常だった。
だから、"大浴場"なんて言葉を聞いたとき、胸の奥から自然と高鳴りがこみ上げてきたのも当然だった。
「……私、こういうところに来るの、初めて」
セリスが、ぽつりとこぼす。
「じゃあ、説明するね」
私は目の前に並ぶロッカーを指差す。
鍵のついたものが未使用のサイン。番号シールの貼られたロッカーの鍵は、紐で手首に掛けておく。鍵のないものは使用中ってこと。
「ありがとう」
セリスは微笑むと、素直に頷いてロッカーを開けた。
彼女の動きは、まるで一連の儀式のように静かで丁寧だった。
腕を覆っていたカバーがスルリと外され、音もなくロッカーの中へ。バングルも外して並べると、今度は足元へと手が伸びる。太ももを包む足カバーをつまみ、するりと脱ぐと、その下の白い肌が目に飛び込んできた。
……うわ、すご……
いやいや、違う、何考えてんの私。
リリィの着替えなんてこれまで何度も見てきたのに、風呂だからって何を動揺してるんだか。
「はあ……やめやめ、考えるのやめ」
そう呟いて、私も勢いよく足カバーを脱ぎ捨て、レオタードを乱暴に脱いでロッカーに放り込む。
両手をパンッと叩いて気合を入れ直す。
「これで、ヨシ!」
視線の先、セリスはまだ静かに着替えを続けていた。
肩にかけていたレオタードを指先で引っ張り、滑らかに脱ぎ下ろして、優しく畳んでロッカーに収める。
長い髪がふわりと揺れて、その下から白く滑らかな肌と、やわらかな曲線がちらりと見えた。
あ……。
思わず視線が吸い寄せられてしまった私に、セリスがふいに気づく。
「……そんなに見て、どうしたの? 私、太ったかしら?」
腰とくびれあたりに手を当てて、冗談めかして首をかしげる。
「ううん、違う。……綺麗だなって」
素直にそう答えてから、私は慌てて話題を切り替えるように口を開いた。
「ほら、行こっ。時間、なくなっちゃう!」
ロッカーの扉を閉め、鍵を手首に巻きつける。
セリスもまた、静かにうなずくと、微笑んだ。
扉の向こう、白い湯けむりがゆらゆらと揺れていた。




