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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第2部:その手はまだ繋がって
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食堂


夕食のアナウンスが響いてしばらく、私は部屋を出てセリスを探した。



だが、通路フロアのどこにも彼女の姿は見えない。大人しく自室に戻っているのだろうか。



私はセリスの部屋の前に立ち、そっと扉に手をかけた。





「……セリス?」



恐る恐る扉を開けると部屋の中にはほんのりとした明かりと、ふわりと落ち着いた空気が流れていた。



彼女はベッドの上で静かに柔軟体操をしていた。


背中を反らし、しなやかに足先へと手を伸ばす。

その姿はまるで舞台の上の演者のようで、均整のとれた身体が美しい弧を描いていた。




「……セリス、ご飯、行かない?」



私の言葉に、彼女は動きをゆっくりと止め、にこりと微笑む。



「うん、いいよ」


軽やかに答えると、しなやかに体勢を戻し、私のそばへと歩いてくる。



彼女の手首には、私と同じく銀色のバングルが装着されていた。

私たちは並んで食堂へと向かう。







食堂にはすでに何人かが入っており、テーブルのあちこちで静かに食事を取っていた。




配膳所の手前には、金属のカウンターと自販機のような装置。



そこでバングルをかざし、認証を通した者から順にトレイを手にして、食事を受け取っていく仕組みのようだ。



さらに脇には、もうひとつの装置があった。


嗜好品用のチケット自販機――とでも言えばいいのだろうか。




小さな画面には、アイスクリーム、プリン、ジュース、ココアなどの選択肢が並んでおり、それぞれに数値が表示されている。



「……アイスクリーム、食べたい」


セリスが小さく呟き、画面の一つを指さす。そこには「400」と表示されていた。





「私も、同じのにしようかな」



私がそう言うと、セリスは「こうかな?」と少し不安そうにバングルをかざす。




ピッという音が鳴り、チケットが発行される。




続いて私も同じようにバングルをかざして購入し、チケットを受け取ると、私たちはトレイを持って配膳列に並んだ。




主食、主菜、副菜――どれも栄養バランスが考えられたメニューで、軍の配給らしさがにじむ。




コップを手に取り、各自で水を注いで最後にアイスのチケットと交換してそれをトレイに添えると、ようやく席を探しに移動した。




「…あそこ、空いてるよ」




食堂の空いたテーブルの席にセリスと並んで腰を下ろした


セリスの隣に、一人の少女がそっと座る。



さっき、カティア中尉に質問をしていた、ふくよかな体格の彼女。



彼女の視線は、トレイの上にちょこんと乗ったカップアイスに釘付けになっていた。






「アイスクリーム……いいなぁ……」




素直すぎる心の声がそのまま漏れ出しているようだぃた。



セリスはそんな彼女の様子に気づいて、微笑んだ。





「…良かったら、一口食べますか?」

  

「ほんとにっ!?」



彼女は目を輝かせ、顔をほころばせて身を乗り出す。







ほのぼのとした空気が流れ始めた矢先――今度は、別の声が私の耳に届いた。







「……ごめんなさい」





とても小さく、どこか震えるような声だった。振り向くと、そこにはあの時、私に言いがかりをつけてきた少女――トゥヴァが立っていた。

普段の気の強さはどこかへ消え、今にも泣き出しそうな顔をしている。




「……隣に、座っても、いい?」




その声は申し訳なさそうで、戸惑いを含んでいた。

断る理由はない。私は無言で軽く頷く。





「ちょっと、面倒くさいことになってる……」

心の中でそうつぶやきながら。


トゥヴァはそっと腰を下ろすと、小さく息を吸い、震えるように言葉をこぼす。




「……あのとき、どうにかしてたの。頑張ったけど、評価は……CとBで、射撃だけはDだったの。……流石に、堪えたの」





その言葉に、私は一瞬だけ胸がちくりと痛んだ。

気持ちは分かる。努力したのに結果が出ない、その悔しさ。





だけど私は、どこか取り繕うように、軽く笑って返す。


「……大丈夫だよ。気にしてないし。……そういう目で見られるのも、慣れてるから。あはは……」




――あっ。

言ってしまった瞬間に、自分の言葉のトゲに気づく。余計だったかもしれない。

案の定、トゥヴァの表情がさらに曇る。


今にも泣き出しそうで、でもそれが許せない、と怒るような顔で唇を噛んでいる。




できない自分を、自分で許せない気持ち。

痛いほど、わかる。

でも――




「ほ、ほら、食べないと。ご飯が冷めちゃうし……先に食べちゃお?」




そう言って、私は無理やり話を切り替えようとした。

だって今、泣かれても……本当に困る。







そのときだった。





私の肩を、誰かの指が「ちょんちょん」とつつく。くすぐったくて振り向くと、セリスが笑っていた。




彼女の指が私の頬に伸びてきて、ぷにっと柔らかく突いてくる。



  

「ぷちゅっ……」





楽しそうな声が上がる。





「セラ、聞いて。この子、すごいの」




セリスは私の隣に座る少女へと顔を向け、にこっと微笑んで言う。



「……あっ、トゥヴァちゃん。また会ったね」


ふわりとした挨拶に、トゥヴァは返事もできず、ただ目をぱちくりさせていた。






「すごいって……なにが?」


私は思わず聞き返す。








セリスは、私の顔に視線を戻して、さらっと答えた。







「オールD評価みたいなの」







「……は?」

思わず、変な声が漏れた。



その言葉の主――セリスの隣に座るふくよかな少女は、幸せそうにカップアイスを頬張りながら、にこにことしていた。




「アイスクリーム、おいし〜」





トゥヴァは固まったまま、スプーンの持つ手を止めて、その子を見つめる。





ぽとりと、スプーンが手から滑り落ちる。







彼女の名は、S2型-011 オルエ。





彼女の表情には、一切の焦りも、不安も、悔しさもなかった。

ただ、目の前のアイスを心から楽しんでいる。





なんだか、ものすごく、色んな意味で「強い」。




私は心のどこかで、こう思った。

――この子には、たぶん勝てない。

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