バングル
通路フロアの大きな壁掛け時計が、静かに、だが着実に時を刻んでいた。
その針が進むたび、館内にくぐもったアナウンスが流れ、次々とS2型が呼ばれていく。誰かがどこかへ向かい、何かがまた始まる。
そんな流れの中、私は自室に戻っていた。
白を基調とした簡素な室内。ベッドの横、壁面に埋め込まれたパネルには相変わらず【S2型-015】という番号が投影されている。
それをぼんやりと眺めていた私は、ふと台座の前面にある四つの窪みに気がついた。
まるで「ここに指を置いて」と言わんばかりの形だ。
試しに指を添えると、小さな機械音を伴って装置が反応する。
ウィーンという機構音とともに、何かがゆっくりとせり出してきた。
思わず手を伸ばし、それを掴む。
手のひらに収まったそれは、細く、滑らかな金属製のバングルのようだった。少し重みがあり、繊細な曲線を描くその形は、どこかアクセサリーのようにも見える。
「これが…カティナ中尉の言ってた、内部通貨?電子マネーか何か…?」
私は腕にそれをはめる。カチリ、と心地よい音がして、しっかりと固定された。
「ふふん…ちょっとオシャレじゃん、これ」
だが、すぐに疑問が頭をもたげる。
これを、もし失くしたり、誰かに盗まれたりしたら?――いや、普通に考えてそんな大失態を犯すような人間、いるだろうか?
…あの、女教官の顔が脳裏に浮かぶ。
鋭く、容赦なく、徹底的に叩き潰すような罵声。自尊心なんてものを根こそぎ奪い去る口調。想像しただけで、背中にゾワリと悪寒が走った。
私は、腕に着けたバングルをそっと、そして念入りに確認する。
盗まれないように、落とさないように、しっかりと――。
改めて、壁の投影にそれをかざす。すると、機械が反応し、数字が浮かび上がった。
2500
表示されたその数値を見て、私は眉を寄せる。
「2500……ってことは……」
思い返す。自分の現在の評価。
反応――B
平衡――B
精神強度――A
射撃――B
Aは1000ポイント、Bは500ポイント。つまり、Aが1つとBが3つで2500。計算は合っている。
「ってことは……セリスは……」
反応A
平衡A
精神強度A
射撃A
Aが4つ。――4000。
「……ヤバすぎない?」
そう呟いた声が、部屋の静寂にぽつりと落ちた。
天才って、こういうことを言うんだろうか。私は思わず肩を落とし、ふう、と息を吐いた。
「CとDって……もしあったら、半分、ってことだよね。いや、考えたくない……かも」
苦笑がこぼれる。
そのとき、室内に再びアナウンスが流れた。今度は食堂からだ。
「午後の配給を開始します。食堂にて提供いたします。配給は1時間後に終了しますので、各自、それまでに済ませてください」
夕食の時間だ。
私のバングルにも、おそらくこの後、使用することになるのだろう。――そう考えながら、私は静かに立ち上がる。




