S2型-024 トゥヴァ
みんなはそれぞれに散っていった。とはいえ、射撃試験の余韻はまだ周囲に色濃く残っていて、ぽつぽつと視線がこちらへ送られてくる。
セリスは、そんなことに頓着せずに射撃のことをお淑やかにけれど、どこか楽しげに語り始めた。まるで体操の演技の練習のときのように。
「あそこはもっとこう構えれば安定したかもね。あと、セラが撃ったときの反動の抑え方、ちょっと私も真似してみたいな」
なんてことのない話。でも、こういうやりとりの中で、私たちは親しみと信頼を育ててきた。
そういうとき、リリィはたまに、冗談を交えたりもする。普段は物静かな彼女の、特別な一面。私だけが知っている表情。
私は、そんな彼女に憧れていた。追いつきたい、肩を並べたい。――そう、今でも変わらず。
「ちょっと!」
突然、誰かに手首を引っ張られた。
驚いて振り返ると、そこには背の低い、けれど態度だけは誰よりも堂々とした少女が立っていた。
鋭く眉を吊り上げた彼女は、怒りを隠そうともせず、キッと私を睨みつける。
「あなた達、なんで?どうして射撃があんなにうまいのよ。おかしい!ズルしてるでしょ!努力する人をバカにするのって……論外だわ!」
……言い掛かりだった。完全に。
私は一瞬、何を言われたのか理解できず、ただ困惑してしまった。
「え……なに?誰?なんでそんなに怒ってるの」
すると彼女は、急にしどろもどろになって胸に手を当てた。
「えす……ぅ……型、ぜろ……よん?……ぐ……トゥヴァ! 私はトゥヴァよ!!……今、馬鹿とか思ったでしょ!」
何だかよく分からないテンポで名乗りつつ、ぐっと険しい目つきでこちらを睨み続ける彼女に、私は目を逸らしながら、呆れたように名乗った。
「S2型-015、セラ」
セリスも続けるように、
「S2型-016、セリスです」
トゥヴァ――そう名乗った彼女は、矛先をセリスに向けた。セリスは、それに対して怒るでも笑うでもなく、むしろ首をかしげて問いかけた。
「どうして、そう思ったの?」
その口調には、責めるような色はない。ただ、純粋な疑問――むしろ、「できない理由を知りたい」とでもいうような、好奇心に満ちた目で。
そして一歩、近づいた。
「え、ちょっ……なに、近い……」
そのとき、セリスが不意に言った。
「……向こう向いて」
「は? な、なんでよ――」
その言葉が終わらぬうちに、セリスは彼女の背に回り、そっと抱きついた。
「う、ちょ……!?」
声にならない声が漏れるトゥヴァ。私も思わず息を呑んでいた。
「こう、持って……パン、パンッって」
セリスは、トゥヴァの手に自分の手を重ねて、銃の構えを再現しながら説明する。
「反動でズレるから、ここで脇を締めて……右手はこう。よくわかんないけど、これでちゃんと、真っすぐ狙ったところに飛ぶから」
それは理屈じゃない。感覚で教える天才の動きだった。
トゥヴァは、ぴたりと動きを止める。
「へ……?」
彼女の頭の中で何かが止まったように見えた。
それでも、セリスは気にするそぶりもなく、続けていく。
トゥヴァは必死に取り繕うように、叫ぶ。
「わかったから!もういい、離して!……胸が当たってるから!やめて、論外だわこんなの!!」
顔を真っ赤にして、トゥヴァはその場から逃げるように走り去っていった。
しばらくその後ろ姿を見送っていたセリスは、何食わぬ顔で私に振り向く。
その表情は――まるで、何事もなかったように、穏やかに微笑んでいた。
「ね、なんだか、可愛い子でしょ?」
そう言うその笑顔が、どこか得意げで――
私はなんとも言えないため息を、そっとこぼした。
あの子、たぶん悪い子じゃない。ただ、不器用なだけなのだろう。




