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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第2部:その手はまだ繋がって
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識別と名

 


 部屋に戻った私は、扉を閉めた瞬間に感じた、かすかな違和感に足を止めた。



 ――光。



 ベッド脇の壁に、淡い光が投影されている。ぼんやりと浮かぶ文字列。


 誰かが壁に貼ったようなものではない。ほんの小さな光源から映し出された、冷たい青白い映像だった。



 《S2型‐015》



 その数字を、私はしばらく呆然と見つめていた。見慣れない記号、でも、なぜかひどく嫌な感覚がする。指を差されたような、分類されたような、名札ではなく、製品に与えられた製造番号のような。




 そしてその下に、また新たな文字が浮かび上がる。


 《セラ》



 ――セラ?

 それが……私の名前?



 小さく、呟いてみる。



 口に出してみた瞬間、どこか胸の奥に違和感が灯る。

「アイリス」ではない。


 名前とは、こんなに軽く奪われ、与えられるものだったのか。



 けれど、何かを問う前に、思い出す。



 あの日――。

 無機質なガスマスクの人たちが、私たちを病室から連れ出した。暴力ではなく、淡々とした手順で、だが確かにあれは“誘拐”だった。


 抵抗する暇もなく、眠らされ、気づけばこの施設に。



 おそらく、あの病院にいた子たちの多くが、ここに連れてこられている。


 あの優しい看護師の微笑みも、白いシーツも、全部偽物だったのかもしれない。




 ――適合

 ――戦術兵器

 ――量産型神代兵器



 さっきの女教官の言葉が何度も脳裏をよぎる。


 まるで私たちを“人間”ではなく、“道具”として扱うための講釈だった。



 わからない。何もかも、わからない。



 ただ一つだけ、確かに胸の奥に残っている。


 ……母が、最後に何か書類を見ていた。


 何かを隠していたような、見られてはいけないものを手にしていたような。


 けれど、それが何だったのか、思い出せない。記憶が、もやのように(かす)んでいる。



 思考が渦巻くほどに、心が空回りしていく。

 私は――こんなふうに、悩み続けるタイプじゃない。



「……ああ、もう!」



 ぐしゃぐしゃと髪をかきむしって、私はベッドに倒れ込んだ。



 大の字になって、天井の虚ろな光を睨みつける。



 逃げ場なんて、最初からなかった。


 ここで何が行われていようと、誰が敵で、誰が味方であろうと。



 やるしかない。やるなら――誰よりも強くなればいいだけだ。


 そうすれば、取り戻せるかもしれない。自分という存在を。名前も、誇りも。



「よし……!」



 思わず声に出して、拳を握る。

 不安も恐怖も飲み込んで、自分を奮い立たせる。


 その名前が“セラ”だというのなら、今はそれでもいい。

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