沈黙の中の共鳴
静止していた私の前に、扉の隙間からそっと風のようにリリィが舞い込んできた。
それはまるで、始まりを告げる序曲のような動きだった。
彼女はすぐにそのまま部屋に入り、静かに扉を閉めると、くるりと一回転。
柔らかな弧を描いて、タンッと軽やかに跳ねて私に近づいてくる。その動き一つひとつがなめらかで、まるで意志を持った水流のようだった。
「うれしい……」
そう小さく、でも確かに私に聞こえるような声で、彼女は呟いた。
その瞬間、胸の奥がドクンと大きく跳ねた。心臓が一瞬、間違えて鼓動を早めてしまったかのように。
思わず顔が熱くなるのがわかった。そんな反応を見透かしたように、リリィはふわりと笑った。
そこからは、もう彼女の舞台だった。
その動きは以前よりも洗練され、無駄がなく、ただ美しかった。
指先から腕のライン、体の軸の安定感、そして足の運びや足先の指の一つまで……すべてが呼吸を忘れさせるほど滑らかで、完璧で、ひとつの“かたち”を成していた。
黒地のレオタードと、足首までぴたりと包み込むフルレングスのレッグカバーが、余計な華美さを排したぶん、その動きの純粋な美しさだけを際立たせていた。
装飾の一切を必要とせず、それでも彼女の魅力は衣装を超えて、空間そのものに色を与えていた。
入部する前、私はただの一観客だった。
体育館の扉の隙間から、こっそり彼女の演技を見ていたあの頃。その時の憧れと興奮が、今、目の前で再び再生されたようだった。
彼女の視線がふいにこちらを捉える。細く優しい横目で、私の目を真っ直ぐに見つめて微笑む。そして、最後のステップをタンッと締めくくり、完璧な静止。
私は拍手していた。自然に、無意識に。
リリィは少しだけ頬を染めたように見えて、視線を逸らしながらぽつりと呟いた。
「……一緒に踊ってくれると思ったのに」
私は少し慌てて、言い訳のように答える。
「見惚れてた、から……」
すると彼女は、ふわりとした優しい笑みで「ありがとう」と返してくれた。
それだけの言葉なのに、胸の奥がまた、ほんの少し跳ねた。




