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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第2部:その手はまだ繋がって
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再開という錯覚

 


 ステッカーは、扉にも貼られていた。



 数字の並んだ無機質なそれが何かの印に見えた。


 少なくとも、私にはそれがどういう意味を持つのか、理解はできなかった。


 けれど、意外なほどあっさりと、その扉は開いた。

 驚くほど簡単に。まるで――待っていたかのように。



「……え?」



 記憶が、ある場面と重なって揺れる。

 今日と昨日の狭間で見た、夢か現実か分からない出来事。


 見舞客として訪れたリリィが、病室のドアから覗き込んでいた、あの時の光景。


 扉の向こう、リリィがそこにいた。

 私を見つけると、ほんの一瞬目を細めて、それから――ふわりと笑った。


 それは間違いなく、リリィだった。


 鼻先をかすめた淡い花の香り、柔らかな金色の髪が動くたびに揺れ、細い指先がドアの取っ手を軽やかに握る。



 仕草も、視線のやり方も、声を出す前の息づかいさえも――間違いなく、あのリリィだ。


「足、大丈夫なの?」



 いつもと変わらない、けれどどこか優しげな声が、胸に落ちてくる。


 私は頷いた。


 理由は自分でも分からなかったけれど、身体の調子は驚くほど良かった。


 むしろ、軽い。今なら、全力で走れるし、踊ることさえできる気がした。


「踊れるくらいに調子がいいの。信じられないくらい」


 そう言うと、リリィはふふっと笑って、顔を傾けた。



「ほんとに? でも、しばらく踊ってなかったから……また“ヒヨコのステップ”になっちゃうかもね?」


 少し茶化すように目を細め、クスッと笑うリリィ。

 私の胸の奥がじんわりと熱を帯びた。


 まるで、何もかもが昨日の続きで――事件も不安も全部、ほんの悪い夢だったように思えた。

 リリィがそこにいるだけで、世界の輪郭がやわらいで、二人の時間が再び動き出したような気がした。


 でも。


 ――リリィは、違った。


 彼女の笑顔の裏に、わずかな不安が滲んでいた。

 目の奥に、揺らぎのようなものがあるのに気づいて、私はその視線を見つめ返した。



「お父様、心配してるかも……。少しでも時間がずれると、叱られてたから……」


 ぽつりとこぼすように、リリィは言った。

 私の記憶の中で、彼女が“誰かに怯えるように”言葉を選ぶ姿は珍しいものだった。



 そして、私たちがいるこの場所――


 閉鎖的で、冷たい空気が流れる不気味な施設。

 リリィも、それを感じ取っていた。



「他にも女の子がいたの。……見えたの。部屋の外の廊下に、私たちと同じような服を着た子が……」


 リリィの手が震えた。

 私たちが着ているのは、確かに病院のような布地の白い服。

 でも、それだけじゃない。どこか、言葉にできない違和感がずっとあった。


 素材の質感、肌に貼りつく感覚、無個性すぎるデザイン――



 それは、“保護”ではなく、“管理”の意図を感じさせるものだった。



「……まるで、私たちが……モルモットにでもなったみたい」



 私の言葉に、リリィは小さく息を呑んだ。


 そして、目をそらすことなく、真っすぐに私を見つめ返した。


「……アイリスも、そう思うの?」


「うん」


 互いの不安が、言葉にして初めて、輪郭を持つ。

 曖昧だったものが、少しずつ確信へと変わっていく。


 この場所は、おかしい。

 何かが、決定的に間違っている。



 ――けれど、そのすべての真ん中で。

 私は、リリィと再会した。


 彼女を守るためなら、私はきっと何でもできる。

 たとえ、この場所の真実がどんなものであっても。

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