静寂
意識が戻った瞬間、アイリスは目を強く閉じた。
何かが夢だったのかと願うように、まぶたの裏に残された光景を追いかける。
しかし、頬に触れたのは、白く乾いたシーツの感触。
そして耳に届いたのは、機械の静かな稼働音。
――夢じゃない。
ふと寝返りを打つと、足に痛みがなかった。
あの時、確かに骨が折れていたはずなのに。包帯もギプスもない。
膝を立ててみる。するりと動く足。
違和感を覚えながら、身体を起こす。
身にまとっているのは、見覚えのないぶかぶかの病院服。
首元が余り、袖が手を隠すほど長い。
それでもなんとか床に足をつけ、ふらつきながらも立ち上がった。
――ここはどこ?
部屋には窓がなかった。
壁はどこも無機質で白く、塗りつぶされたように閉鎖的。
唯一あるのは、真っ直ぐな蛍光灯の白い光と、電子音のような低い機械の唸りだけ。
酸素すら管理されているような静けさ。
「……リリィ……」
声を出してみたが、反響する音もなかった。
ここに音は必要とされていない――まるで、生き物の存在すら前提にないような空間だった。
気づけば、ベッドの端に一枚のステッカーが貼られていた。
そこには、**「015」**という数字が記されている。
「……番号……?」
ただの識別番号。
「私、どれくらい……ここに……」
時計はない。
窓もなく、外の時間すら分からない。
自分が眠っていた時間すら、不確かだった。
目覚めと同時に、アイリスは過去と現在の境目を見失っていた。




