告げられぬ別れ
日中の光は差し込まないが、病室の灯りはやわらかく、時間の流れを鈍らせていた。
ベッドの上で、リリィとアイリスはいつものようにおしゃべりをしていた。
「もしさ、また二人でリボンやるなら…」
「また笑われるよ、私の手、鈍ってるかもしれないし」
「ううん、今度は一緒に笑うの」
リリィの声はとても優しくて、未来の話をするだけで胸があたたかくなった。
クスクスと笑い合い、肩を寄せる。
その時だった。
遠くから聞こえた、足音。
コツ、コツ、と硬い靴底が床を打ち鳴らす。静かなはずの病棟に不釣り合いなほど、速く、乱れた足音。
「……何?」
リリィが眉を寄せた。その直後、ドアの外から響いた重い音。
順々に開かれていく扉、何かが近づいてくる。
ただならぬ気配に、アイリスはベッドの端から身を起こした。
そして――扉が開いた。
そこに立っていたのは、無機質な白衣の職員たちではなかった。
全身を黒衣で包み、顔にはガスマスクを着けた者たち。
何も言わず、ただ無言で、部屋へと一歩ずつ足を踏み入れてきた。
「リリィ、下がって……!」
とっさに声を上げたアイリスの叫びも虚しく、そのうちの一人がリリィに近づき、白い布を口元に押し当てた。
「ッ……!」
リリィは目を見開き、抵抗しようとしたが、その瞳はすぐに上を向き、ぐったりと身体が崩れ落ちる。
「やめて!! 触らないで、リリィを!!」
アイリスは震える足で立ち上がり、突き飛ばそうとしたが、別の一人に押さえつけられ、同じように布を押し付けられた。
薬品の匂いが鼻をつき、肺へと染み渡る。
「リリ……ィ……」
視界がゆらぎ、世界が暗転する。
最後に見えたのは、ぐったりと抱えられるリリィの身体。
誰かの手が伸びてくる。それが温かいものなのか、冷たいものなのかすら、もう分からなかった。
――そして、全てが、黒く塗り潰された。




