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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第2部:その手はまだ繋がって
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優しい時間の重ね方

 


 昼と夜の区別が曖昧な病室は、規則的な点検の音と、消毒薬の匂いに包まれていた。



 アイリスは、まだ慣れないベッドの上で、天井をぼんやりと見つめていた。


 痛みはあるが悲鳴を上げるほどではない。


 どこか、他人事のような感覚。


 ぽっかりと空いた心の隙間に何かを落とさないように、静かに息をしていた。



 病院特有の「時間のない時間」が、アイリスの感覚を少しずつ鈍らせていく。



 窓のないその病室に季節の移り変わりはなかった。ただ、規則的に変わる看護師の交代や、出された食事の内容だけが、日々の流れを教えてくれる。



 親は、何度か顔を出した。


 無表情で、必要な言葉だけを口にし、アイリスの様子を確認しては、淡々と帰っていく。


 心配の言葉は確かに口にしていた。けれど、どこか機械的で、記録の一部のように聞こえた。



「早く良く治ってね」「いつ退院できるのかしら」


 ――それらの言葉に、温もりを感じることはなかった。



 ある日、母が膝の上に広げた書類にアイリスが目をやると、彼女はビクリと肩を震わせ、それを急いで伏せた。



「それは気にしなくていいの」

 そう言って、笑顔らしきものを見せたが、アイリスはその微笑みの奥にある「何か」を確かに見た気がした。


 それが何なのかを聞く勇気は、その時の彼女にはなかった。






 次の日、病室のドアが静かに開き、小さな影が差し込んだ。



「やっほ、様子見にきたよ」



 ふわりと揺れる薄桃色のワンピースと、手に下げた小さな紙袋。そこに立っていたのは、リリィだった。



 アイリスの顔が一気に明るくなる。

 痛みも、苛立ちも、消毒液の匂いも――すべてを忘れるほどに、彼女の姿は鮮烈だった。




「これ、差し入れ。先生には内緒ね」


 リリィがそう言って、袋から取り出したのは、小さな手作りのクッキーだった。


 形は不揃いで、ちょっと焦げているけれど、それがむしろ愛おしく思えた。




 彼女は3日に一度の頻度で、時には週に一度のペースで、こっそりと面会に来てくれていた。



 見舞い客としての規則をすり抜けるように、小さなカバンに手紙や菓子、たまに面白い話を詰め込んで。



 それは、間違いなく「ふたりの時間」だった。



 ベッドの縁に腰掛けて、アイリスの包帯にそっと触れて「もう痛くない?」と聞いてくるその仕草。


 とりとめのない会話、笑い合うひととき、ふざけて頬を膨らませるリリィの顔。


 たまに出る彼女の冗談も、柔らかくて心地よかった。



 アイリスは何度も思った。

 このまま時が止まればいい、と。


 ある日のこと。リリィは両手をそっと重ね、アイリスの手を包み込むようにして言った。


「待ってるからね」


 それは何でもない一言のようで、まるで祈りのような重みがあった。


 アイリスは返事をせず、ただ頷いた。


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