ぬくもりの証明
照明が変わることでしか時の移ろいを感じられないこの世界でも、練習場の空気には確かな変化があった。
繰り返すルーティンの中で、汗の匂いと足音が重なり、日々を重ねた私たちの音が、空調の鳴る静寂に溶け込んでいく。
アイリスの成長は、目を見張るものがあった。
初めこそ笑い話になるような奇妙な動きだったものの、彼女は驚くほどの集中力で身体を覚え、何よりも楽しそうに舞っていた。
その明るさはまるで照明灯のように、周囲を照らしていた。リリィでさえもたびたび彼女の表情を盗み見るほどだった。
ただ、彼女の指先は不器用だった。
リボンの軌道はどこかぎこちなく、円を描いているはずの動きが、時折ふっと途切れてしまう。
それでも、彼女は止まらなかった。
滑稽でもいい、できるまでやる──それが、彼女の姿勢だった。
「すごいですね、アイリスさん」
「えへへ、まだ全然ダメだけど。ほら、見て、手がこうやって絡まっちゃう」
「ふふ、たしかに。でも……少しずつ綺麗になってます。ね、ここの動き、こうです。……ほら」
「わっ、近い近い!」
そんな他愛のないやりとりが、日常になった。
二人で振り付けを合わせる日々。
休み時間にお菓子を分け合い、リリィは少し恥ずかしそうに、アイリスの髪を編んでくれたこともあった。
繋がる時間の中で、呼吸まで似てきたような気がしていた。
照明の色が、周期的に変わっていく。
それは、季節の代わりに私たちが受け取る“時間の色”だった。
その色が、幾度か巡ったころには、アイリスの演技はリリィに引けを取らないほどになっていた。
その頃には、もう誰の目にも二人は「エース」として映っていた。
──それが、よくなかったのだ。
陰口は静かに、確実に、アイリスの周囲に浸透していた。
それでも彼女は笑っていた。
リリィの前では、無邪気に、笑っていた。
「アイリスさん、本当にすごいです」
「あはは、リリィが教えてくれたからだよ」
「……いえ、アイリスさんの努力の賜物です。私は……それが、すごく嬉しいです」
照れくさそうに言うリリィに、アイリスは「ありがと」と笑って返した。
──その時、ふたりの手は自然と触れて、もう当たり前のように繋がれていた。
「一緒に上を目指そうね、約束だよ。
置いてったら泣いちゃうからね、絶対だよ」
「……うん、絶対」
手のぬくもりだけが、確かにそこにあった。
──そして、事件は“色”が白く沈んだ頃に起きた。
本番直前の練習。リリィと並んでの演技に、全員の視線が注がれるなか、
アイリスのリボンがほんの僅かに引っかかり──
いや、そう見えた。
床が滑るように、急に、彼女の足が取られた。
視界が反転し、次の瞬間には、鈍い音が練習場に響いていた。
「アイリスッ!!」
顧問の怒号と、リリィの悲鳴。
倒れ伏した彼女の脚は、不自然に曲がり、もう動かなかった。




