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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第2部:その手はまだ繋がって
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ぬくもりの証明

 


 照明が変わることでしか時の移ろいを感じられないこの世界でも、練習場の空気には確かな変化があった。



 繰り返すルーティンの中で、汗の匂いと足音が重なり、日々を重ねた私たちの音が、空調の鳴る静寂に溶け込んでいく。




 アイリスの成長は、目を見張るものがあった。



 初めこそ笑い話になるような奇妙な動きだったものの、彼女は驚くほどの集中力で身体を覚え、何よりも楽しそうに舞っていた。



 その明るさはまるで照明灯のように、周囲を照らしていた。リリィでさえもたびたび彼女の表情を盗み見るほどだった。



 ただ、彼女の指先は不器用だった。



 リボンの軌道はどこかぎこちなく、円を描いているはずの動きが、時折ふっと途切れてしまう。


 それでも、彼女は止まらなかった。


 滑稽でもいい、できるまでやる──それが、彼女の姿勢だった。



「すごいですね、アイリスさん」


「えへへ、まだ全然ダメだけど。ほら、見て、手がこうやって絡まっちゃう」


「ふふ、たしかに。でも……少しずつ綺麗になってます。ね、ここの動き、こうです。……ほら」


「わっ、近い近い!」


 そんな他愛のないやりとりが、日常になった。


 二人で振り付けを合わせる日々。



 休み時間にお菓子を分け合い、リリィは少し恥ずかしそうに、アイリスの髪を編んでくれたこともあった。


 繋がる時間の中で、呼吸まで似てきたような気がしていた。



 照明の色が、周期的に変わっていく。

 それは、季節の代わりに私たちが受け取る“時間の色”だった。



 その色が、幾度か巡ったころには、アイリスの演技はリリィに引けを取らないほどになっていた。

 その頃には、もう誰の目にも二人は「エース」として映っていた。



 ──それが、よくなかったのだ。


 陰口は静かに、確実に、アイリスの周囲に浸透していた。


 それでも彼女は笑っていた。

 リリィの前では、無邪気に、笑っていた。


「アイリスさん、本当にすごいです」


「あはは、リリィが教えてくれたからだよ」


「……いえ、アイリスさんの努力の賜物です。私は……それが、すごく嬉しいです」




 照れくさそうに言うリリィに、アイリスは「ありがと」と笑って返した。




 ──その時、ふたりの手は自然と触れて、もう当たり前のように繋がれていた。






「一緒に上を目指そうね、約束だよ。

   置いてったら泣いちゃうからね、絶対だよ」






「……うん、絶対」





 手のぬくもりだけが、確かにそこにあった。









 ──そして、事件は“色”が白く沈んだ頃に起きた。


 本番直前の練習。リリィと並んでの演技に、全員の視線が注がれるなか、


 アイリスのリボンがほんの僅かに引っかかり──

 いや、そう見えた。


 床が滑るように、急に、彼女の足が取られた。

 視界が反転し、次の瞬間には、鈍い音が練習場に響いていた。




「アイリスッ!!」




 顧問の怒号と、リリィの悲鳴。


 倒れ伏した彼女の脚は、不自然に曲がり、もう動かなかった。

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