まだ離さないで
「一緒に上を目指そうね。約束だよ。
置いてったら泣いちゃうからね、絶対だよ。」
それは、リリィの言葉だった。
放課後の夕暮れ、夕陽に染まる体育館の隅で、汗ばんだ手をギュッと繋ぎながら、リリィは微笑って言った。
その時、二人の間には確かな温もりがあった。
心臓の鼓動が重なり合い、息遣いが溶け合っていた。
その小さな約束が、世界のすべてに思えた。
──
アイリス・アルベルティは、小さな頃から身体を動かすことが好きだった。
跳ね回るように走り、泥だらけになって転び、笑いながらまた立ち上がるような少女だった。
勉強なんてつまらない──そう思っていたが、両親の「勉強しなさい」という言葉を黙らせるために、彼女は成績すらも遊びのようにこなしていた。
自由奔放で明るくて、けれど少しだけ不器用で。
手芸の授業では糸を絡ませ、図工では筆を落とし、折り紙は二つ折りで終わる。
そんな彼女が、ある日ふと、見つけてしまったのだ。
体育館の片隅。
淡い光が差し込む中で、ひときわ鮮やかなリボンが空を舞っていた。
──リリィ・ハートフィールド。
体操部の中でもひときわ静かで、そして華やかな存在。
透き通るような動き。
タン、タタッ、と軽やかにステップを踏み、まるで風と踊るようにリボンを操る彼女に、アイリスは目を奪われた。
「……きれい」
気がつけば、アイリスは体操部の見学届を出していた。
実技経験ゼロ。柔軟もままならず、歩けばペンギン、跳ねればフラミンゴ、舞えば餌を乞うヒナ鳥。
顧問の先生は溜息を漏らしたが、リリィだけは違った。
「ううん、大丈夫だよ。ほら、こうやって腕を回して──もっと体で感じてみて」
そう言って、リリィはアイリスの背後に立ち、肌が触れるほどに寄り添って動きを教えてくれた。
指先の温もりが伝わって、アイリスの心臓はバクバクとうるさく鳴った。
垂れ目で、どこかおっとりしたリリィ。
言葉遣いも丁寧で、所作には気品すら感じられた。
でも何より、彼女はいつも優しく、笑っていた。
やがて、アイリスの動きも少しずつ形になり始めた頃。
「一緒に上を目指そうね。約束だよ。」
そう言って、リリィはいつものように笑った。
その笑顔が、今も脳裏に焼きついて離れない──。




