遺託
軍の決定は早かった。
エドワードには事実上の“停職”が下され、次の処分まで施設への立ち入りを制限された。
その“次”がいつなのか、誰も教えてはくれなかった。
議会からの帰路。エドワードは言葉もなく、ただゆっくりと歩いていた。
クロエもエリックも、無言のまま彼の背に従っていた。
何かを言いたげで、それでも言えない沈黙。
だが、エドワードの歩みに迷いはなかった。
その足取りは、まるで“最期の旅支度”を始めた男のように、静かに、決然としていた。
───
まずエドワードが向かったのは、シュトラウス准将の私室だった。
彼はドアをノックせずに開け、そして開口一番こう言った。
「……残りの貸しを、すべて返してもらいに来た」
老将は目を細め、冗談のように肩をすくめた。
「まるで遺言のような顔じゃないか。で?何を望む?」
エドワードは真っ直ぐに言った。
「聖女たちの健康調整期間を延長させてくれ。あと一週間、それだけあれば、リネットを中心とした健康状態の見直しと再起動手順が組める。……これは誰からの命令でもなく、私からの“頼み”だ」
「……ならば聞こう。何と引き換えに?」
「私の命を。どうせ私はもう、軍にとって都合のいい“生贄”だろう?ならその価値、使い切ってもらわないと」
シュトラウスはしばらく目を閉じた。
やがて、机の上の指輪のような銀時計を手に取ると、それをぽんと投げてよこした。
「……それを見せれば、軍医も保健連中は動くだろう。
君がどこへ向かうかは……もう、言うまい」
───
人気のない深夜の白い廊下にて、エドワードはエリックと並んで歩いていた。
「エリック。お前にしか頼めない」
「……何をです?」
「聖女の“記録”だ。彼女の採血量、体調の変化、言葉、笑い声、眠たそうな顔――すべてだ。……“人間”としての、記録を残してくれ」
「……まさか、あんた……!」
「このまま消えていくことが“最も軍に都合がいい”なら、それを利用しよう。
その代わりに、何かを残すんだ。
お前には、それができる。俺にはもう……できない」
「ふざけるな……! あんたが、あんたが残るべきだろ……!」
「俺では“変えられない”ことが、もう分かった。
でも、お前にはまだ、“変えようとする力”が残ってる」




