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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第1部:正義に注ぐは聖なる犠牲
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会議



 「……外出を許可、ですか?」


 作戦会議室の空気が、わずかに揺れた。

 薄闇の中、ホログラムには三人の少女のデータが冷たく光っている。


 「そうだ。聖女たちは強く希望しているらしい。特にエルナがな」


 その声には興味よりも“観察対象の変化”を楽しむ色があった。


 「幼い彼女たちが、外の世界に憧れるとは……皮肉なものだ。

 あの区画の正体も知らずに」


 軍服の男の表情に、薄い嘲笑が浮かぶ。


 研究員の一人が指先で机を叩いた。

 落ちつかない仕草だった。


 「問題は、採血です。外出前に通常の1.5倍……。

 負荷が大きすぎませんか?」


 「構わん。限界値を知る機会だ」


 即答は冷たい。

 三人の少女の姿を脳裏で思い浮かべることすらしない声だった。


 「外出先は区画E-03。昨日の調整で、空の色は“今日の地表基準”に設定済みです」


 別の研究員が淡々と続ける。


 そこへ、軍服の男が低く笑った。


 「あの完璧な空を見て、彼女たちはどう思うだろうな。

 本物だと信じるか、それとも……何かに気づくか」


 誰も答えなかった。

 会議室の静けさは、ただ一つの事実だけを物語っている。


 ——これは外出ではない。

 監視と実験だ。


 その理解が、ひそやかに場を支配していた。


---


# **③ 会議室シーン・長尺バージョン(ディテール強化・濃密な緊張感)**


 軍中央棟地下四階。

 外光の届かない作戦会議室では、いつものように冷気のような沈黙が支配していた。


 円卓の中央で、三人の少女の生体データが立体映像として回転する。

 脳波、血中因子、適応値——どれも均整がとれており、観測者の目には“良好な素材”と映る。


 「……外出許可、ということですか?」


 最初に声を発したのは白衣の中でも年嵩の研究主任だった。

 その声音には、期待と警戒の入り混じった揺らぎがある。


 「そうだ。聖女たちは長期の閉鎖にやや不安を示している。

 特にエルナが強く外を望んだようだ」


 タブレットを操作しながら軍高官が答える。

 言葉自体に感情はないが、その瞳には興味の火が灯っている。


 「幼いな。あの区画がどういう場所かも知らずに」


 別の軍人が鼻で笑う。


 研究主任がわずかに目線を落とし、続けた。


 「ただ……問題は採血量です。外出プロトコルに合わせて通常の1.5倍。

 彼女たちの年齢を考えれば、負担は小さくありません」


 若い研究員が眉を寄せる。

 その声には、ほんの少しの人間的な感覚が残っていた。


 だが、高官の返答はあまりにも速かった。


 「構わない。データが取れればいい。

 倒れるなら、その時点で“適応外”と判断すれば済む」


 会議室の空気が、薄く凍りつく。


 研究主任が苦い沈黙のあと、別の資料を表示した。


 「外出先についてですが……区画E-03の管理環境を提案します。

 昨日、空模様の再調整と地形投影の修復が終わりました」


 ホログラムに広がるのは、美しい草原。

 空の青は緻密に計算された偽物の色だ。


 軍高官が、興味深そうに映像を眺める。


 「実に完璧な空だ。これを見て、彼女たちはどんな反応を示す?」


 「前回と同じなら……歓声を上げるでしょう。

 疑いなく“外”だと信じます」


 研究主任が淡々と答える。


 高官は満足げに頷いた。


 「いいだろう。精神状態の安定も重要だ。

 純度を保つには、時にこうした“適度な刺激”が必要だ」


 そこに、ひとりの研究員が控えめに言葉を挟む。


 「……ですが、E-03は長期使用時にデータの乱れが出る可能性があり——」


 高官は手を上げて遮った。


 「問題ない。必要な時間だけ保てればいい。

 あの子たちが“どこまで信じるか”を知れれば十分だ」


 再び沈黙。

 その沈黙には、誰も逆らう意思を持たないという無言の圧力が満ちていた。


 「それでは、外出許可を——」


 議長役の軍人が最後の確認をとろうとした瞬間。


 研究主任が、わずかにためらいながら言った。


 「……本当に、あの子たちに“外”を見せてもよろしいのですか?」


 会議室の視線が一斉に彼へ向く。

 高官の声が静かに落ちた。


 「これは外出ではない。

 ——観測だ。忘れるな」


 主任は息を飲み、それ以上の言葉を飲み込んだ。


 「決定とする」


 乾いた音を立てて電子判が押される。

 たったひとつの承認が、少女たちの一日の意味を決めた。


 ——偽りの空の下で、彼女たちは何を見るのか。

 その答えを気にかける者は、誰一人としていなかった。

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