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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第1部:正義に注ぐは聖なる犠牲
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やきもち

 


 リーネの案内のもと、静まり返ったフロアを後にし、施設の外へ出ると、待機していた人影が一つ――クロエ・ラインハルト少尉だった。


 彼女の表情はいつも通り無機質に見えたが、こちらに視線を向けた瞬間、その手に握られていた書類が「クシャ」とわずかに音を立てた。力が込められ、用紙の角が指の跡に沿って歪んでいる。



 私とリーネの姿を見て、何かを察したのだろう。感情を表に出さない彼女らしからぬ、ほんの小さな反応だった。



「――報告があります」


 その声は張っていたが、どこか喉の奥に棘のような緊張を含んでいる。


「上層部からの呼び出しがあります」


 私は小さく咳払いをし、あたかも咳き込むかのようにして言葉を濁すと、肩をすくめて訊いた。



「……それは、査問会という名の茶番かな?」



 クロエは目を伏せ、一呼吸を置く。まるで正確な表現を探しているかのような一瞬の沈黙――


 そして、静かに言った。



「……“資源管理体制”について、とのことです」



 つまるところ、リネットの件だ。


 私は内心で溜め息をついた。


 ライナー大佐が、随分と素早く“報告”を提出してくれたらしい。

 ふむ。さすがは善き軍人。実に忠実だ。


 上層部にとっても、扱いやすいだろう。



「了解した。すぐ向かおう」

 そう返して、私は制服の襟元を正した。




 私はそう言って襟を正し、背筋を伸ばした。そして振り返り、リーネに微笑みかける。



「名残惜しいけど、そろそろお暇しよう。案内と情報、感謝しているよ。できれば、今度は個人的な時間を……」



「ッ……」


 リーネは小さく息を飲んだような顔をして、目を伏せた。

 頬がわずかに赤らんでいる。やれやれ、まだ私は現役らしい。



「……なにかありましたら、またお知らせします」


 彼女はそれだけ言って、軽く頭を下げた。



 すると、すぐ隣でぴしりとした視線が私に突き刺さる。



 クロエは眉を僅かに寄せ、まるで問い詰めるような目でじっとこちらを睨んでいた。



 私は視線を戻し、からかうように言った。

「おや、私の顔に何か付いてるかな?」


 クロエはわずかに眉を跳ねさせた。



 そしていつもの皮肉まじりの声で返す。

「ええ、鼻の下の緩み具合が少々――目に余ります」



 皮肉が混ざった言葉だが、その声音には確かにわずかな拗ねた響きがあった。


「なるほど、それはまた――機嫌を損ねたということか。となると、機嫌を取る必要があるな」



「その通りですね。でなければ、私は今後一切口を利かないかもしれません」


「それは困るな……なら、コーヒーでもご馳走しようか。軍の粗悪なやつじゃなくて、ちゃんと豆から挽いたやつを」


「却下です。冗談でも期待させないでください」


 クロエはビシッと断言し、すぐに踵を返した。

 だが、その後ろ姿はほんの少し、機嫌が直ったようにも見える。


 気難しそうに振る舞う彼女だが、こうして分かりやすい反応を見せてくれるのが、妙に心を和ませてくれた。


 私は静かに息を吐き、彼女の後を追って歩き出した。

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