やきもち
リーネの案内のもと、静まり返ったフロアを後にし、施設の外へ出ると、待機していた人影が一つ――クロエ・ラインハルト少尉だった。
彼女の表情はいつも通り無機質に見えたが、こちらに視線を向けた瞬間、その手に握られていた書類が「クシャ」とわずかに音を立てた。力が込められ、用紙の角が指の跡に沿って歪んでいる。
私とリーネの姿を見て、何かを察したのだろう。感情を表に出さない彼女らしからぬ、ほんの小さな反応だった。
「――報告があります」
その声は張っていたが、どこか喉の奥に棘のような緊張を含んでいる。
「上層部からの呼び出しがあります」
私は小さく咳払いをし、あたかも咳き込むかのようにして言葉を濁すと、肩をすくめて訊いた。
「……それは、査問会という名の茶番かな?」
クロエは目を伏せ、一呼吸を置く。まるで正確な表現を探しているかのような一瞬の沈黙――
そして、静かに言った。
「……“資源管理体制”について、とのことです」
つまるところ、リネットの件だ。
私は内心で溜め息をついた。
ライナー大佐が、随分と素早く“報告”を提出してくれたらしい。
ふむ。さすがは善き軍人。実に忠実だ。
上層部にとっても、扱いやすいだろう。
「了解した。すぐ向かおう」
そう返して、私は制服の襟元を正した。
私はそう言って襟を正し、背筋を伸ばした。そして振り返り、リーネに微笑みかける。
「名残惜しいけど、そろそろお暇しよう。案内と情報、感謝しているよ。できれば、今度は個人的な時間を……」
「ッ……」
リーネは小さく息を飲んだような顔をして、目を伏せた。
頬がわずかに赤らんでいる。やれやれ、まだ私は現役らしい。
「……なにかありましたら、またお知らせします」
彼女はそれだけ言って、軽く頭を下げた。
すると、すぐ隣でぴしりとした視線が私に突き刺さる。
クロエは眉を僅かに寄せ、まるで問い詰めるような目でじっとこちらを睨んでいた。
私は視線を戻し、からかうように言った。
「おや、私の顔に何か付いてるかな?」
クロエはわずかに眉を跳ねさせた。
そしていつもの皮肉まじりの声で返す。
「ええ、鼻の下の緩み具合が少々――目に余ります」
皮肉が混ざった言葉だが、その声音には確かにわずかな拗ねた響きがあった。
「なるほど、それはまた――機嫌を損ねたということか。となると、機嫌を取る必要があるな」
「その通りですね。でなければ、私は今後一切口を利かないかもしれません」
「それは困るな……なら、コーヒーでもご馳走しようか。軍の粗悪なやつじゃなくて、ちゃんと豆から挽いたやつを」
「却下です。冗談でも期待させないでください」
クロエはビシッと断言し、すぐに踵を返した。
だが、その後ろ姿はほんの少し、機嫌が直ったようにも見える。
気難しそうに振る舞う彼女だが、こうして分かりやすい反応を見せてくれるのが、妙に心を和ませてくれた。
私は静かに息を吐き、彼女の後を追って歩き出した。




