S2型-015 セラ
頬に走る細い創痕と、無言のまま冷えた視線を向けるその様子は、とても少女には見えない。それでいて、身体は成長を止めたまま、時間だけが置き去りにされたようだった。
「セラ――それが彼女の名だよ、大佐」
ゼファーが誇らしげに語った。
「第2世代型の唯一の生き残り。そして、あらゆる改良型の礎になった存在さ。第3世代型も、第4世代型も、彼女の戦闘データなしには完成し得なかった」
エドワードはゆっくりとセラに視線を向けた。彼女の存在は軍の資料で見知っていた。だが、実際にこうして目の前に立つのは初めてだった。
「……彼女は、なぜ最新型を装備しない?」
その問いに、ゼファーはまるで当然のことのように肩をすくめた。
「言わなかったかい? 装備には世代適正が必要なんだ。一度、特定の世代型に適応してしまえば、他の世代に再適正することはできない。無理に装着しようものなら、身体が激しい拒絶反応を起こして、内臓にダメージが出る」
セラは無言のまま、冷めた目で彼らの会話を聞いていた。
「第2世代型に、縛られたまま、ということさ。まるで、あの時代に囚われたままのようにね」
ゼファーの言葉はどこか悪気がなかったが、あまりにも残酷な事実を平然と述べていた。リーネがすかさず「所長」と冷たく制する声を上げたが、彼は笑って肩をすくめただけだった。
エドワードはセラに一歩近づく。彼女の無表情の中に、どこか張り詰めた気配を感じた。
「セラ。……君が経験した“第2回地上進出奪還作戦”。その時、何があった?」
セラはほんの一瞬だけ、目を伏せた。口元がかすかに動く。だが言葉にはならず、そのまま重い沈黙が降りる。
ゼファーも、そしてリーネも、彼女のその沈黙には何も言えなかった。
しばらくの間を置き、セラはぽつりと呟いた。
「全員……死にました。誰も、助けられなかった」
声は乾いていて、感情は感じ取れなかった。けれど、それはかえって彼女の内側にどれほどの痛みが渦巻いているのかを物語っていた。
「神代兵器は……人間なんて、ただの障害物としてしか見ていなかった。容赦なんてない。ただ、壊す。殺す。そのためだけに存在している。私たちは……ただ、消耗品だった」
そのとき、エドワードは彼女の瞳が、ほんのわずかに揺れるのを見た。
彼女の瞳は、あの時を、何度も何度も繰り返して見ているのだ。戦場に響く叫び、焦げる血の臭い。倒れる仲間、止まる鼓動。
「……また誰かが死ぬのを、見たくないだけです」
そう口にしたとき、セラは顔を俯け、長い睫毛が影を落とした。彼女の瞳の奥が、どこか黒く渦を巻いていた。
エドワードはその様子に胸が締めつけられるような感覚を覚えた。生き残ったというだけで、どれだけの重荷を背負わせられたのか。どれだけの声を、彼女は今でも夢に見るのか。
「……すまない。思い出させるようなことを聞いてしまったな」
彼女の前で、軍人としてではなく、一人の人間としてそう詫びた。
「君は、よくやった。今も、こうして立っている。それだけで……君は、英雄だよ」
セラは何も答えなかった。けれどその小さな背中が、ほんのわずかに震えたように見えた。
――その静寂を破ったのは、またしてもゼファーの朗らかな声だった。
「そうそう、ちなみにね、大佐。ここの軸構造をもう少し改良すれば、エネルギー放熱効率が2.3%改善するんだ! すごいと思わないかい?」
「所長、空気を読みなさい」
冷たく放たれたリーネの声が、場の空気を引き締めた。
「……あ、すまない。つい、話せる相手がいると嬉しくなってね。ハハッ」
セラは静かに、大きなヘッドギアを持ち直す。
「……私は、S2-015型。名前は、“セラ”です。」
それは、軍が彼女につけた型番と、彼女自身が“生き残った証”として持ち続ける名。
――第2回地上進出奪還作戦。
それは、軍史に刻まれながら、誰も語らぬ敗北の記録。
そしてセラは、その影の中から今も抜け出せずにいた。




