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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第1部:正義に注ぐは聖なる犠牲
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科学技術開発部門へ向かう通路にて

 


 報告書とリネットに関する申請書をライナーに託したあと、エドワード・クラウス大佐は手ぶらのまま、静かな足音を立てて通路を進んでいた。



 壁沿いには無機質なライトが等間隔に並び、微かに機械音のするこの区画は、外界と隔絶されたような静寂に包まれている。



 ふと前方に、見慣れた姿が視界に入る。


 クロエ・ラインハルト少尉。


 姿勢よく歩きながらも、手元の資料に夢中になっている。



 目線は一枚の書類に釘付けで、周囲に気を配っている様子はない。


「――っと」


 次の瞬間、クロエの肩がエドワードの胸元にボスンと当たり、書類が揺れた。彼女の体がぐらついたのを、彼は咄嗟に片腕で軽く支える。


「……すみません、大佐っ――!」


 クロエが顔を上げた瞬間、エドワードはわざとらしい調子で口を開く。


「おや、少尉。まさか私にぶつかるとは――惚れたのか?」


「は……ぁ?」


 呆れとも怒りともつかぬ声が漏れ、クロエは急いで距離を取った。表情は普段の冷静なものに戻りつつも、耳の先がわずかに赤い。


「茶化すのはやめてください。まったく……いつもながら、そういうとこが――」


 小声で何かを呟いたが、聞き取れなかった。

 だが、彼女の瞳は少しだけ揺れている。



 エドワードはそれ以上何も言わず、いつもの調子で歩き出す。



「それより、少尉。私はこれから科学技術部門に顔を出すつもりだ」



 クロエは、少し歩幅を早めて追いつく。


「私は……申し訳ありません。まだ、調べたいことがありまして」


「……査問会の件か?」


 問いではなく、確認だった。

 クロエは何も答えない。ただ無言で視線を落とし、一枚の資料をそっと指でなぞった。



 彼女は、エドワードを助けたいのだ。

 上層部の動き、ライナーの狙い、どの点を突かれようとしているか――すべてを調べているはずだった。

 だが、あえてそのことは言わない。それが彼女の皮肉屋な、しかし優しい性分だ。


「……あなたに振りかかる問題を見過ごすほど、私は甘くありません」



 キツくも真っ直ぐな声。

 その懸念を、エドワードは「ありがとう」とも「心配無用」とも言わなかった。


「科学技術部門には立ち寄る価値がある。連中の顔を見ておかねばな」


「彼らは、採血量の増加に賛成しています。今の3倍、下手をすればそれ以上を求める動きも――」


「そうだろうな」


 静かな返答。



 量産型神代兵器──



 それらの駆動源は、聖女たちの血に含まれる未知の因子だ。

 さらには電力供給、農業生産、浄水処理……生活のインフラの至る所に、彼女たちの“力”が使われている。

 キツくも真っ直ぐな声。


「彼女たちがいなければ、この国の背骨はすでに折れている。難しい問題だよ」


 エドワードの言葉には、諦念でも怒りでもなく、ただ静かな現実認識が込められていた。

 だからこそ彼は、妥協しながらも抗う道を選んでいる。


「では、少尉。引き続き調査を頼むよ」


「……了解しました。大佐も、余計な口を滑らせないように」


「まさか。私は慎み深い男だろう?」


「自覚があるなら、もっと態度に表してください」


 そう言って背を向けたクロエの歩調は、どこか軽やかだった。

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