移動とライナーの邂逅
報告書とリネットに関する申請書類をひとまとめにして、エドワードは手際よくフォルダに収めた。
軍の事務用紙に無機質な書式で記されたそれらは、明らかに定型とは異なる記述が混じっていた。"精神的配慮を要す""一時的な環境調整の許可申請""非通常的な看病体制による経過観察"。
提出先の上層部が眉をひそめそうな語句ばかりだった。
「さて……嫌われに行くか」
エドワードは自嘲気味に肩を竦め、書類を片手に廊下を歩き出した。磨き上げられた廊下のタイルに、軍靴の音が規則正しく響く。
その音に反応するかのように、向こう側の角から現れたのは、見慣れた軍服――ライナー・ヘスラー大佐だった。
ごつごつとした体躯、整えられたオールバックの髪。まるで威圧するような雰囲気を纏った男が、無言のまま近づいてくる。
エドワードは立ち止まり、わざと軽く一礼をしてみせた。
「やあ、大佐殿。ちょうど良かった。ちょっとお使いを頼めるかな」
そう言って、彼は手にしていた書類のファイルを軽く掲げる。
「これ、上層部宛ての申請書類なんだ。ちょっと他に急ぎの仕事があってね。善き軍人である君なら、きっと快く引き受けてくれると思って」
口元には笑み。だが、瞳は一切笑っていない。
「それと……ほら、君たちのお得意の“査問会”とやら? いやはや、私も楽しみでね。寝る間も惜しいくらいだよ」
皮肉と余裕を巧みに混ぜた言葉に、ライナーの眉がぴくりと動いた。
「……貴様、相変わらず軽口が過ぎるな。責任を問われるのが待ちきれないとは、実に結構な覚悟だ」
「覚悟なんてとっくにしてるさ。ただ、君らほど暇じゃないもんでね。せめて手間くらいは減らしてくれると助かる」
エドワードは軽く肩を叩くような仕草でライナーの胸元をポンと叩き、そのまま背を向けて歩き出した。
ライナーはその場に立ち尽くし、ファイルを受け取ったまま、無言で彼の背中を睨みつけていた。
口元には笑みを浮かべながらも、内心で煮えくり返るような怒りを抱えながら。




