合理と配慮
検査を終えた軍医たちが去ったあと、診断結果の報告書が分厚い封筒にまとめられ、エドワード・クラウス大佐のもとへ届けられた。
執務室へ戻った彼が扉を開けると、すでに先客が二人――クロエ少尉と、エリックが待っていた。
「おや……ずいぶん賑やかな部屋だ」
エドワードは苦笑を浮かべながら冗談めかして言い、封筒を机に置く。クロエは肩をすくめ、エリックは無言で頷いた。
「子どもたちの健康診断にしては、随分と重たそうな報告書ですね」
クロエが皮肉混じりに言うと、エドワードは封筒を開けて中身を取り出し、机に広げて目を通し始めた。
そこには、セリアとエルナの順調な成長とともに、リネットに関する記述が目立っていた。
「……やはり、か」
エドワードは静かに呟く。彼の目が止まったのは、“経過観察”と書かれた報告欄と、その下に並ぶ小さな文字。
『生活リズム不安定』
『慢性疲労の傾向』
『精神面のケア推奨』
傍らで立っていたエリックが、報告書をのぞき込む。元監視官として、彼もリネットの状態を気にかけていた。
「どう思う? 彼女を、セリアとエルナと一緒に過ごさせておくべきか。それとも――隔離し、静養に努めさせるべきか」
「……軍なら、早期回復のために隔離を選びますね」
エリックは慎重に言葉を選びながら答える。
「だが、それが本当にリネットのためになるのか。彼女は“合わせて”しまう子です。セリアたちといれば、無理をしてでも笑うでしょう。けれど、ひとりにすれば……」
そこで彼は目を伏せ、わずかに目を泳がせる。
そして、ぽつりと呟いた。
「――2人に、看病させてみては?」
その言葉に、室内の空気がわずかに動いた。
エドワードは顎に手を当て、面白げに口元を緩める。
「ふむ……。面白いな。それなら、自然とリネットの体調の悪さも2人に伝わるだろう。採血への配慮も、彼女たち自身の判断で行われるかもしれない」
だがすぐに、その視線が再び報告書に落ちる。
「問題は、リネット本人の“自覚”がないという点だな。彼女は――自分を壊してまで、他人に合わせてしまうかもしれない」
その言葉に、エリックもクロエも黙り込んだ。
しばしの沈黙の後、エドワードは書類に手を伸ばし、淡々と次の作業に移るように言った。
「……看病案、採用しよう。セリアとエルナに伝える方法は任せる。自然に気づかせるようにしてくれ。報告書には、補足として“人間的配慮の処置中”とでも入れておこう」
そう告げると書類を手に取り報告書をまとめる。




