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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第1部:正義に注ぐは聖なる犠牲
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聖女たちの健康診断



朝の白い光が、廊下の窓から差し込んでいる。



 今日は「健康診断の日」。年に数度行われるそれは、聖女たちにとっていつもと違う日常の一幕だった。


 診察室の奥に通されたセリアとエルナは、好奇心に目を輝かせていた。

 普段見慣れた白衣の職員ではなく、無地の白い制服を身にまとった軍医たちが立ち並び、並々ならぬ整然とした空気が漂っている。


 だが、そんな雰囲気も、ふたりの胸の高鳴りを邪魔することはなかった。


「この機械、何に使うのかな!」

「ねえ、こっちも見ていい? 見ていいでしょ?」


 目に映る器具のひとつひとつに心を躍らせ、まるで遊園地のアトラクションでも巡っているかのように、自由気ままに順番を飛び越えて歩き回る。


測定器に乗れば小さく笑い、視力表を読み上げては真剣な顔をする。


 まるで、それが“検査”であることさえ忘れているかのようだった。


 ふたりの背中を遠くに見送りながら、リネットはひとり、別室へと案内されていた。



扉が閉まり、部屋の空気が変わる。

 静かで、どこか冷たい空間だった。無機質な壁、整えられすぎた器具、沈黙を保つ軍医たち。


 リネットはベッドの端に腰掛け、小さく息を吐く。

 白い制服の軍医が無言でカルテを手に、手際よく器具を準備する。体温、血圧、視診、聴診。無駄な言葉も感情も交わされない。


「息を吸って……はい、止めて」

「咳をして。……もう一度」


 淡々と、冷静に。けれどその手つきはどこか丁寧だった。


 シャツの上から、そっと胸に聴診器が置かれる。冷たさにリネットはわずかに肩をすくめるが、すぐに気丈に言った。


「……平気です。大丈夫。何も変じゃないです…」



言葉とは裏腹に、彼女の顔色は冴えず、瞼は重たげだった。

 軍医は答えずにリネットを見つめ、黙ってカルテに記録を走らせる。



 彼には、リネット自身が気づいていない“異常”が手に取るように分かっていた。

 慢性的な貧血の傾向、浅く不規則な呼吸、そしておそらく寝不足かストレス由来の軽い神経過敏。


 検査項目はすべて正常値ギリギリに収まっていたが、それは「健康」というには程遠い、ぎりぎりの綱渡りだった。



 軍医は最後にひとつ頷き、カルテを閉じると資料の束にまとめ始めた。

 "異常なし(経過観察)"、"生活リズム不安定"、"精神面の配慮推奨"


報告書は無機質に、しかし確かにそれを記す。



一方その頃、隣の部屋では――


「よーし!身長、のびてた!」

「エルナ、また私より高くなってるー!」



 セリアとエルナが視力測定や握力測定で騒ぎながら、順調に診断を終えていた。


 軍医たちはにこりともせず淡々とこなしていたが、ふたりの好奇心に振り回される様子は、どこか微笑ましくもあった。



 短い問診の後、ふたりは診察室を出る。



 ドアの外で待機していた白衣の職員が手を広げて迎えると、ふたりはまるで冒険から帰った子どものように笑顔を返した。

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