リネットの悪夢
まどろみの中、リネットは、柔らかな風に頬を撫でられていた。
鳥のさえずりが耳に心地よく、どこまでも澄んだ空には、ひとつ雲が浮かんでいた。
彼女は幼い。
今よりも背は低く、声もまだ幼子のようだった。
だけど、その表情には安らぎがあった。手のひらには花を乗せて、緑の大地に腰を下ろし、のんびりとした時間を過ごしていた。
風の音、木々のそよぎ、水のせせらぎ……楽園そのものだった。
リネットは目を細め、微笑み、うとうととまぶたを閉じた。まるでその瞬間に包まれることが、永遠であるかのように。
しかし——。
まぶたを開けた瞬間、世界は音を立てて崩れ落ちていた。
空は血のように赤く、空気は焦げた金属の匂いと重油のような粘り気を帯びていた。
土はひび割れ、草も木も存在しない。あたり一面、荒れ果てた大地が広がっていた。
自分の体を見下ろすと、服は裂け、血と泥がこびりついている。傷が皮膚を裂き、痛みがじんじんと意識を包む。
「……なに……これ……」
リネットは目を見開いたまま、口の中が乾いて言葉にならない。
その時、空から怒声が降ってきた。
「敵影確認——!突撃!」
無数の影が、空を飛ぶ。武装した人影たちが、鋭く咆哮を上げて宙を駆け、斜め前方にいる一人の人物に一斉に突撃していく。
次の瞬間、閃光と爆音、そして……惨劇が始まった。
空中で人が割れた。
真っ二つになった肉体がバラバラに落ちていく。
手首、首、腰から胴が裂けた者たち。
リネットはただ立ち尽くす。
空から降ってくるのは、雨ではなく——人間の内臓だった。
ぼとっ
ぼたぼたっ
ねっとりとした音が、土を打ち、肌に飛び散る。
息ができない。恐怖で声も出ない。
そして、その場に座り込んだリネットの手を、誰かがぎゅっと握る。
「——っ、!」
顔を上げた。
そこには、軍服を思わせる服を着た男がいた。顔ははっきりとは見えない。
けれど、その瞳だけが、かすかに光を宿していた。
彼は、何も言わずにリネットを抱き上げ、そのまま走り出す。
まるでこの惨劇から逃げるように。追われているように。
彼の腕の中、リネットは頭を押さえつけられる。空を見るなということだろう。
しかし、それでも見えた。
飛ぶ者たちの最後の瞬間。
斬られ、裂け、打ち砕かれ、血の霧を撒きながら、静かに墜ちていく者たち。
夢なのか。記憶なのか。
幻想か、それともかつて経験した現実なのか。
リネットの心は震えた。
彼女は、自分が“空を知っている”ということを、本能で理解していた。




