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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第1部:正義に注ぐは聖なる犠牲
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一手の重み

 

 —


 椅子に腰を下ろしたエドワードの瞳は、ただ一点を見据えていた。


 白衣の職員たちは、沈黙している。

 あのエリックの件が脳裏を離れないのだろう。

 あれ以来、誰もが“見て見ぬふり”を決め込んでいる。


 言えば、自分も危うくなる。

 指摘すれば、その担当者も共に道連れとなる。

 最悪の場合、連帯責任。

 職を失うどころか、軍そのものから排除されかねない。


 —— だから、誰も言わない。

 いや、言えないのだ。


 軍医に直接報告すれば、上層部に即座に伝わる。

 その結果、何が起こるかは明白だった。



 だが、その沈黙が、エドワードに“わずかな時間”を与えてくれている。

 誰も正式に動かぬうちに。

 誰もまだ“問題”と認識する前に。


 今なら、まだ打てる手がある。


「……早朝、我々から連絡を入れよう」

 ぽつりと独り言のように呟く。


「軍医へ。然る後、正式に上層部へ通達・上申する。」


 先に動けば、**“意図的な隠蔽”ではなく、“慎重な経過観察”**として報告できる。

 あくまで軍の意向に反していない、という形を取ることができる。


 そのための“時間”が、いまはある。


 ——

 エドワードは、深く椅子に背を預けた。


 あと、いくつ手が残っているか。


 己の中で、何度もその問いを繰り返す。

 勝算は薄い。だがゼロではない。


 必要なのは、“正しい手を打つこと”ではない。

 “生き残るための手を打ち続けること”。


 リネット、セリア、エルナ。

 そしてクロエやエリックもまた、自分の一手で命運が変わる存在だ。


 誰かの正義が、誰かの命を削っているこの世界で、

 せめて“選ぶ”という意思だけは、自分のものとして握っていたい。


 静かな部屋。


 わずかな騒音。

 施設の自動灯が切り替わる微かな音が、夜の終わりを告げるようだった。


 エドワードは手帳を取り出し、冷えたコーヒーを一口だけ飲み干した。


 この一手が、次の希望につながるように。

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