軍上層部の影
軍の保管庫——夜間
クロエ・ラインハルトは、静かな廊下を足音を立てずに進んでいた。軍の書類保管庫には、機密扱いのデータが厳重に管理されている。
エドワード・クラウス大佐を潰すために、軍上層部の強硬派が水面下で動いているのではないか——。
そう考えた彼女は、独自に調査を進めていた。
金属製の扉の前で立ち止まり、視線を周囲に走らせる。人気はない。クロエは電子キーを取り出し、端末にかざした。
「アクセス許可——確認完了。」
小さく電子音が鳴り、ロックが解除される。
扉が開くと、そこには膨大な軍の書類が保管されていた。
クロエは棚を調べながら、エドワードの案件に関連する報告書を探る。すると、目に止まる一枚のファイルがあった。
「……査問会の準備?」
それは、エドワードを査問にかける計画を示唆する内容だった。
『軍の独断行為に対する調査の必要性』
『方針に反する行動をとった将校への適切な処置』
これが何を意味するかは明白だ。軍はすでに、エドワードに対して制裁を加えるつもりなのだ。
——そして、もう一つ気になる名前があった。
『クロエ・エンフィールド少尉について』
彼女の名前がそこに記されていた。
(私まで……?)
その瞬間——
「こんなところで、何をしている?」
重厚な声が、背後から響いた。
クロエは振り向く。そこに立っていたのは、ライナー・ヘスラー大佐。
軍の強硬派に属する50代半ばの男。
灰色の髪をオールバックに撫でつけ、鍛え上げた体躯を軍服に包んでいる。その鋭い目つきがクロエを捕らえ、にやりと笑った。
「女が夜中に保管庫を漁るとは……さて、何を探していた?」
クロエは表情を変えず、冷静を装った。
「仕事です。大佐こそ、こんな遅くに何を?」
「仕事さ。軍の方針を乱す者は、処理しなくてはならない。」
ライナーはゆっくりと歩み寄る。そして、クロエの体を値踏みするように眺めた。
「……エドワード・クラウスと一緒に沈む気か?」
「さあ、何の話でしょう?」
クロエは挑発的に微笑んだが、ライナーの視線が軍服のラインをじっくりと辿るのを感じ、背筋が冷える。
男の手が、不躾にクロエの腕へと伸びた。
「悪くない体つきだ。軍に残りたいなら、俺の女になってみるか?」
クロエの眉がぴくりと動く。
——その瞬間。
「……手を、どけてください。」
彼女の声には冷たさが滲んでいた。
ライナーはにやりと笑い、その手をさらに強引に近づけようとする。
次の行動を、クロエは迷わなかった。
——バンッ!
彼女はライナーの手を叩き払い、一歩引いた。
「勘違いしないでください、大佐。」
クロエは鋭く睨みつけた。
「私は軍人です。売女ではありません。」
ライナーの表情が変わる。
次の瞬間、クロエの顎を掴もうとしたその手を、彼女は反射的に払いのけた。
「おやおや……生意気なものだな。」
ライナーはゆっくりと手を下ろし、冷たく笑った。
「エドワード・クラウスを庇い続けるなら、お前の未来はないぞ。」
「どうでしょう?この軍に私の未来なんて、そもそもあったんですか?」
クロエは吐き捨てるように言った。
ライナーはそれ以上何も言わず、ただ冷笑を浮かべると、背を向けた。
「せいぜい、気をつけるんだな。」
そして、彼は去っていった。
クロエは深く息を吐き、強く拳を握った。
——軍の上層部は、本気でエドワードを潰しにかかる。
エドワードだけじゃない。私もだ。
「……どう動くべきか、考えないと。」
クロエは査問会の報告書を睨みつけながら、密かに決意を固めた。




