危急の報告
エリックは一瞬、息を整え、それでも口を開くまでに数秒かかった。
「……リネット・Sのバイタルに異常が出ている。」
エドワードの手がピタリと止まる。
「眠っているが、脈拍が通常より低く、貧血の可能性がある。精神的ストレスか、採血の影響か……原因は断定できない。だが、一時的に採血を中止すべきかもしれない。」
軍がそれを許すのか?そんなことは分かりきっている。
エリックは、喉から次の言葉を吐き出そうとしたが、うまく声が出なかった。軍に反抗することの重みが、言葉を縛っている。
エドワードは、そんなエリックを見てため息をつくと、机の端を軽く叩いた。
「エリック、座れ。お前の焦りはわかるが、まずは落ち着け。」
エリックは歯を食いしばりながらも、椅子を引き、ゆっくりと腰を下ろした。
「お前の判断は正しい。……だが、それをそのまま軍に上申すのは無謀だ。」
「だったら……どうする?」
エドワードは、書類の束を横に押しやると、ホログラムスクリーンを操作し、新しいデータを開いた。
「策を講じる。軍を説得するなら、それなりの『理由』が必要だ。」
「理由……?」
エドワードは冷静に頷きながら、聖女たちの健康データの別の側面に目を向けた。
「もし、聖女が『健康な状態でなければ採血の効率が下がる』としたら……?」
「……?」
「軍は聖女たちを"利用価値のある資源"としてしか見ていない。ならば、"資源の持続可能性"を理由に、一時的な採血制限を申請できるかもしれない。」
エリックは拳を握った。
軍が聖女を"人間"として扱うことは期待できない。だが"利用価値"の観点からならば、動かせる可能性がある。
「……そんなロジックで通るのか?」
「通るかどうかは俺の腕次第だ。」
エドワードは静かに微笑んだ。
「さて、エリック。お前はもう決めたんだろう?なら、最後まで筋を通せ。」
エリックはエドワードを見据え、深く息を吐いた。
「……ああ。」
彼の手の震えは、もう止まっていた。




