エリックの動揺と上層部の謀略
軍の監視室。
無機質な金属の壁と暗く沈んだ照明が、そこが軍の施設であることを強く主張していた。
中央のホログラムスクリーンには、聖女の監視施設が映し出されている。そこでは、聖女たちがパンケーキ作りに夢中になっていた。
「……なんなんだ、これは」
エリック・バーナードは、椅子の上で大きくため息をついた。
軍法会議の末、処分を受けて降格した身。
エドワード・クラウス大佐の計らいで、何とか軍に籍を残してはいるものの、今の職務はほとんど幽閉に等しい。
それなのに——今になって、また聖女の監視役に戻れというのか?
「冗談じゃない」
エリックは書類を机に叩きつけた。
エドワードは「君の持つ聖女のデータ管理権限が重要だ」と言っていた。それは事実だろう。だが、それ以上に気に食わないのは、軍上層部が動き始めたということだ。
報告書にはこうあった。
─
軍上層部より指示
エドワード・クラウス大佐の動向を監視せよ。
彼の行動と発言を詳細に記録し、逐次報告すること。
聖女の監視任務への復帰と引き換えに、昇級の道を約束する。
─
「……ッ、ふざけるなよ……」
エリックは苛立ちを隠せなかった。
軍のやり方は最初から分かっていた。だが、こうも露骨に"使い潰す"意図を見せつけられると、さすがに腹が立つ。
あの軍法会議で、自分は切り捨てられる寸前だった。エドワードがいなければ、とっくに"存在しない者"にされていたかもしれない。
そのエドワードを監視しろ、だと?
「……クソが」
エリックはホログラムスクリーンを睨んだ。
そこには、無邪気に笑い合う聖女たちの姿が映っている。彼女たちは何も知らない。自分たちがどこにいるのかも、本当の"外"がどんなものなのかも。
まるで、人形だ。
いや——違う。
彼女たちは自分の意思で笑い、喜び、互いに手を取り合っている。
「……こんな連中が、軍の都合で搾り取られてるんだよな……」
エリックは手を伸ばし、スクリーンに映る彼女たちの姿をなぞった。
彼女たちを守れるかもしれない、と一瞬だけ思った。
だが——それは不可能だ。
彼にできるのは、ただ見ていることだけ。
彼は軍の歯車の一つであり、そこから抜け出すことなど許されない。
上層部はエドワードを潰したがっている。彼が聖女の採血量を増やす計画を頓挫させたからだ。軍にとって、エドワードはもはや"邪魔な存在"でしかない。
そして、その"処理"にエリックが利用されようとしている。
「……俺に、エドワードを売れってか?」
エリックは嘲笑した。
「チッ、マジでクソみたいな仕事だな」
スクリーンの向こうで、セリアが笑顔でパンケーキをひっくり返した。
エリックは静かに目を閉じた。
このまま、流されるか。
それとも——。
「……さて、どうするかな」
エリックは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
このままでは終わらない。
どちらに転んでも、戦いは避けられないのだから。




