密会
夜の軍施設。人口灯の光が無機質な金属の壁を淡く照らしている。
クロエ・ラインハルト少尉は、指定された会議室へ向かっていた。彼女の後ろには、いつもの部下が一人。
「密会とは、ずいぶんと物騒ですね。私がもう少し美人なら、准将の色恋沙汰を疑うところでしたよ?」
皮肉交じりにそう言いながら、彼女は重厚な扉を開く。
「それは残念だな。私の趣味はもう少し年上の女性でね」
会議室の奥、ソファに腰かけたエルンスト・シュトラウス准将が、軽い冗談を返した。テーブルの上にはコーヒーカップが置かれ、湯気が立っている。
「冗談はともかく、座れ。お前を呼んだのは、くだらない話をするためじゃない」
クロエはため息をつきながら椅子に腰を下ろした。
「さて……お前はエドワード・クラウス大佐について、どう思う?」
准将の言葉に、クロエは表情を変えずに答える。
「優秀で、冷静で……そして自分がどうなるかも理解した上で動いている。そういう人間だと思っています」
「その通りだ。だが、彼は今、かなり危うい立場にいる」
「……聖女の件ですね」
「そうだ。軍上層部の連中は、聖女の採血量を三倍以上に増やす計画を立てていた。それをエドワードが潰したせいで、奴らの機嫌がすこぶる悪い。とはいえ、それで済むならまだいい。問題は、いつ強行策に出るか分からないことだ」
クロエは静かに考える。軍上層部の人間が、聖女を"資源"としか見ていないのは、今に始まったことではない。
「……エドワード大佐が、それを見越して動いていることは明白です。彼は、次にどう動くと?」
「分からん。だが、奴はお前や私と違って、"損切り"ができる人間だ」
「……どういう意味です?」
「彼は"ここ"にいる間は、聖女の待遇を守るために動くだろう。だが、もし上層部が本気で潰しにかかってきたら?」
クロエは眉をひそめた。
「……その時は、彼は"自分を切る"つもりだと?」
「そういうことだ」
静寂が訪れた。部下が不安げな視線をクロエに向けるが、彼女はすぐに表情を変えずに問いを返した。
「それで?私は、准将の話を聞くためにここに呼ばれたんですか?」
エルンストは口の端を上げた。
「そう焦るな。私はお前に"選択"をさせようと思ってな」
「選択?」
「お前がエドワードについていくなら、いずれ上層部と衝突することになる。だが、お前が彼を切り捨てるなら、軍での地位は安泰だ」
「……試しているんですか?」
「さあな。ただ、私はエドワードに助けられた身だ。だからこそ、お前がどうするかを見ておきたかった」
クロエは一瞬目を伏せる。そして、すぐに皮肉交じりの笑みを浮かべた。
「……准将の言葉が、少しだけロマンチックに聞こえましたよ?」
「それは失礼。だが、少しでも考えておけ。お前の"選択"は、遠くない未来に現実になる」
クロエは無言で立ち上がり、敬礼をした。
「肝に銘じておきます」
彼女は部下を連れて会議室を出る。部下が不安げに尋ねた。
「少尉……どうするんです?」
クロエは答えなかった。ただ、一つだけ確かなことがある。
エドワードは、私を助けてくれた人だ。私は、彼を切り捨てることはできない。




