少尉との会話
「……それを見ていて、何が楽しいのですか?」
女性士官――少尉は、ホログラムスクリーンに映る聖女たちを眺めるエドワードの横顔を見ながら問いかけた。
エドワード・クラウスは、その言葉に反応するでもなく、ゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。
深く濃い香りが鼻腔をくすぐり、わずかに目を細めると、静かに息を吐きながらカップを置いた。
「……卵から孵化したばかりの雛を見たことがあるか?」
「は?」
思いがけない比喩に、少尉は眉をひそめる。
「何も知らない、何もわからない。光を見れば、それが太陽だと信じる。風を感じれば、それが自然のものだと疑わない。目に映るものすべてが、彼らにとっては本物であり、現実となる。」
エドワードはスクリーンの中の少女たちを見つめながら、淡々と言葉を紡ぐ。
「彼女たちは、ここが地上ではないことを知らない。しかし、我々は知っている。」
スクリーンには、楽しそうに笑いながら区画E-03を駆け回る聖女たちの姿が映し出されている。
「そんな彼女たちが、偽りの"外の世界"にどう適応していくか……どんな違和感を覚え、どんな風に気づいていくのか。それを観察するのは、なかなか興味深いものだ。」
「……なるほど、まるで実験動物ですね。」
少尉は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「大佐ほどの地位にいながら、少女たちの挙動を眺めて何が面白いのかと思いましたが……随分と趣味が悪い。」
「そうか?」
エドワードは肩をすくめた。
「この世界は、我々が作り上げた檻のようなものだ。そこに生まれ落ちた雛たちが、どのように羽ばたくのか……それを見届けるのは、"管理者"の役目だろう?」
「管理者……ね。」
少尉は静かに息を吐く。
「ですが、"雛"が檻の中にいる間はいいとして、もしもそこから飛び立とうとしたら?」
「そのときは、適切な処置を施すまでだ。」
「……ええ、そうでしょうね。」
少尉は呆れたように目を細める。
「それにしても、やっぱり変わらない。あなたの言うことはどこか引っかかるのに、なぜか納得してしまうから厄介です。」
「光栄だな。」
「皮肉です、大佐。」
少尉は軽くため息をつきながら椅子に腰掛ける。
「……で? あなたはいつまでここにいるつもりですか?」
「ちょうどいい時間だ。」
エドワードは腕時計に目を落とし、立ち上がる。
「そろそろエリック・バーナードの判決が下る頃だ。」
「それで、私に何か?」
「引き続き、彼女たちの観察を頼む。」
「私は暇ではないのですが?」
少尉は冷ややかに言うが、エドワードは軽く笑うだけだった。
「ならば、"業務"として命令しようか?」
「……言い方が悪いですね。言葉巧みに、私をここに座らせるつもりでしょう?」
「言葉は武器だよ、少尉。」
「……もう、好きにしてください。」
少尉は肩をすくめ、仕方なくスクリーンに視線を戻した。
「では、頼んだ。」
エドワードは背を向け、静かに監視室を後にした。




