元老院会議
薄暗い会議室の中央に、巨大なホログラムスクリーンが投影されていた。
淡い青白い光が、机を囲む重鎮たちの顔を照らす。
――元老院会議。
軍の最高幹部と、資源管理機関、科学技術研究部門、そして政治的決定権を持つ年老いた元老たちが集まり、人類の今後について議論する場。
スクリーンには最新の量産型神代兵器の設計図が映し出されていた。
鋼鉄の装甲、冷却機構、そしてエネルギー炉――次世代型としての改良点が説明される。
「これが最新の量産モデルか……」
一人の元老が腕を組む。
「聖女の血を利用したエネルギー炉を搭載し、出力は現行モデルの三倍。これならば、地上での神代兵器群との戦闘でも十分に対抗可能でしょう。」
科学技術部門の代表がそう述べると、周囲の者たちは低く頷いた。
「エネルギー効率は?」
「問題ありません。エネルギーを適切な比率で精製し、次世代エンジンに供給すれば、現状の資源問題も解決できます。」
「資源問題……」
その言葉を聞いた途端、会議室がざわつく。
資源――それは、この地下都市が最も切実に抱える問題だった。
食料、生産、エネルギー、武装、すべてが限られた供給のもと成り立っている。
「食料生産の現状は?」
別の元老が尋ねる。
「水耕農業は安定していますが、地上資源の補充がなければ、あと十数年で限界が来ます。」
「畜産はどうか?」
「最低限の家畜は維持していますが、飼料が不足しつつあります。魚類の養殖は好調ですが……」
「だが、我々が求めるのは量産型神代兵器の増産だ。余計な資源はそちらに回すべきではないか?」
「……」
静寂が訪れる。
「では、"供給源"の管理体制の強化について、議題を進めよう。」
――と、そのときだった。
「待ってください。」
静かに、しかし確かな威圧感を持って声が響く。
エドワード・クラウス。
軍の幹部であり、聖女の管理システムに関与に首を出す数少ない一人。
彼は冷静な眼差しを向けながら、机に肘をついた。
「"供給源"の管理強化は結構。しかし、現在の管理体制に問題があるのでは?」
「ほう?」
年老いた元老たちが、眉をひそめる。
「貴様は何が言いたい?」
エドワードはゆっくりと指を組み、落ち着いた口調で続ける。
「"資源"として扱うのはいい。しかし、"管理体制"が非効率すぎる。」
「……どういうことだ?」
「単刀直入に言いましょう。」
エドワードは微笑を浮かべた。
「"資源"の扱いにしては、運用効率が悪すぎるのではありませんか?」
「……!」
元老たちが小さく身じろぎする。
「心理的ストレス、過剰な制限、そして情報統制……これらが長期的に見て"資源の安定供給"にどれほどの影響を与えるか、皆さんは本当に考えたことがありますか?」
「何が言いたい?」
「例えば、最近起きた"事故"。」
エドワードはスクリーンを指さした。
そこには、セリアが指を切った映像が映し出されていた。
「これは管理ミスだと非難されていますが、そもそも彼女達の心理状態が"不安定"であったことが要因では?」
「……くだらん。資源が自らを管理する必要はない。」
「違います。"資源"を管理するのは我々です。」
エドワードの言葉に、一部の者が頷く。
彼は続ける。
「"飼い殺し"のように扱えば、いずれ彼女たちは消耗します。」
「安定した採血を行うためには、彼女たちの心理を"適切に維持"する必要があります。」
「娯楽の一つや二つ与えたところで、効率には影響しないどころか、むしろプラスに働く可能性さえある。」
「……」
「つまり、クッキー作りが問題ではないのです。」
エドワードは、敢えて微笑を崩さなかった。
「問題なのは、彼女たちを"どのように管理するか"。」
「彼女たちを"完全に無力な囚人"にするのか。"従順な資源"として扱うのか。」
「……その選択を誤れば、未来は変わるでしょう。」
元老たちはしばし黙り込んだ。
しかし、エドワードは最後の一撃を加える。
「さて、"元老院のご英断"をお聞かせ願いたい。」
彼はあくまで、彼らを"立てる"ように話を進めた。
彼らの権威を損なわず、むしろ"管理強化"の名のもとに、聖女たちの待遇改善を提案する形をとったのだ。
「……」
「……考慮しよう。」
ようやく、一人の元老が言葉を発した。
それを皮切りに、他の者たちも渋々ながら頷き始める。
エドワードは目を細めた。
彼はまだ、完全に"勝った"わけではない。
しかし――
少なくとも、今すぐ聖女たちの状況が悪化することは防げた。
(さて……)




