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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第2部:その手はまだ繋がって
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湯けむりの向こうに

 


 ほのかに熱を帯びた空気と、白く漂う湯けむりに包まれた大浴場。



 広々とした空間に、桶、シャワー、シャンプーのセットが整然と並び、そのどれもがまるで宝物のように見えた。





「すごっ……お湯が出てる……!」




 私は思わず声を漏らしながら、桶を手に取り、風呂椅子に腰を下ろした。




 蛇口を捻ると、シャワーから勢いよく温かなお湯が噴き出す。そのあたたかさが肌に触れると、まるで全身がほどけるような気がした。




 思いきり頭から湯をかぶり、全身をびしょ濡れにして、桶に湯を溜める。



 その隣では、セリスが静かにシャワーを浴びながら、長い髪をやさしく梳いていた。




 私は手早くシャンプーとリンス、それからスポンジにボディソープを取って、ぱぱっと洗い流す。けれどセリスは、ゆっくりと丁寧に指を動かしていた。




「ねぇ、アイリス……ううん、セラ? ここにはね、『ル・レーヴ・エクラ』のシャンプー、ないのかしら?」



「……??」




 なんか聞いたことない単語が飛んできた。えっ、それって食べ物?


 いや、ちがう、シャンプーだって言ってるし……。



「たぶん? ここになかったら、ないんじゃないかな?」



 私が少し曖昧に答えると、セリスは「そう……手袋とかもない?」と、まるで日常のように続けてくる。



 ……こっちは湯に感動してるのに、セリスの優雅さときたら……。




「とりあえず、私が手伝ってあげるよ。早く入らないと時間、なくなっちゃう!」



 セリスは小さく笑って、「私のことは気にしなくていいのよ? 先に入ってて」と言ったけれど――。




「いいや、そうはいかない!」



 私はすぐに手を伸ばし、シャンプーの泡のついた手で彼女の髪に触れた。




 サラッ


 その瞬間、驚いた。



 まるで指を避けるような感触。しっとりと柔らかくて、絹のように滑らかで――私の髪とはまるで別物だった。



「セラ、くすぐったい……」



 セリスはくすっと笑って、肩をすくめる。



「わっ、ご、ごめん! 変なとこ触ってた!?」


「大丈夫、ありがとう」



 私は慌ててシャワーで泡を流し、リンスを手に取り、もう一度髪を撫でるように整えていく。


 それからボディスポンジに泡を立て、ふと思いつく。



「私が背中、流してあげるから。チャチャッと済ませちゃおっか!」



 するとセリスは少しいたずらっぽく、「じゃあ、私が終わったらセラの番ね?」と返してくる。



「いやいや、私はもう洗ったから!」


「私がしたいの」




 ――ドキン。





 なんで、そんな言い方するの。


 一瞬、心が跳ねて戸惑う。変なこと考えてるわけじゃないのに、胸が妙にざわついた。




 目の前には、リリィの背中。




 かき上げられた髪の隙間から覗くうなじ。肩甲骨の流れ。肋のラインからなだらかにくびれる腰。



 どこをとっても、誰が見ても「綺麗」と言うだろう。




「……さっさと洗って終わらせよう、うん」



 スポンジを泡立てて、そっと背中を撫でるように洗う。


 触れるたびに、肌の柔らかさが指に伝わってくる。下手なことを考える前に、早く終わらせたくて、お湯をかけて泡を流した。



「よし、いざ、入浴――」


「セラ、私の番」


「だから、私はもう洗ったってば!?」



 諦めの息をついて、私はまた腰を下ろす。

 なぜだか緊張している自分が滑稽だった。




 そして、セリスの泡立った手が、私の背中に触れた。


 その指先は、肌の感触を確かめるように、やわらかく、ゆっくりと撫でる。



「な、なにこれ……」


 顔が熱い。背中が妙に敏感になっていて、息がこそばゆく乱れた。





「……終わった?」



「ふふっ、うん」



 その笑みが、あまりにも柔らかくて、私は反射的に立ち上がった。



「は、ははっ、早く、入ろう!」



 ……噛んだ。


 セリスはそんな私を見て、嬉しそうに、幸せそうに、微笑んでいた。

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