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9.No.003 モラハラ系ヒロイン×カトリーヌ②


 そのさらに翌日、今度は私が治療する番が来た。

 フクロウのケガは、一番重傷だった両翼が治った状態。

 次に大きなケガは、脚の骨折か。


 フクロウの身体の向きを変えて、患部を観察する。


 あれ? なんだか身体がやけに軽いな。

 羽根も全体的につやもなくカサついていて、目の周りもくぼんでるような⋯⋯

 そう言えばこの子って、エサや水分はとれているんだろうか。


 カゴの側に置いてある、先生方がつけている飼育日誌をパラパラとめくる。

 エサの欄は☓印が続いている。

 水分の欄も『数滴』と書かれているから、スポイトのひと目盛り分も飲んでいないと言うことだ。


 元々は、生死の境目を彷徨っていたらしいし、食欲は無いかもしれないけど、このままだと危険だ。

 脱水具合を調べるために、舌を観察する。


 脱水が酷いと舌がカラカラに乾いてしまうんだよね。

 よくよく観察すると、口の内側にも、小さいけど深めの傷があることがわかった。

 

 これはかなり痛そうだ。

 こんなんじゃ水を飲むのも辛いはず。

 手をかざして治療を開始すると、口の内側の傷はきれいに治っていった。


 スポイトを使って、水を飲ませてみると、フクロウは嫌がる様子もなく飲んでくれた。

 やった。成功だ。

 

「さすがですね、ミス・アンジェリカ」


 近くで見守ってくれていた、キャンディ先生が褒めてくれる。


 良かった。これで、この子も元気になるかな。

 この子の体力がもつなら、あともう一箇所くらい治せないかな。

 引き続き身体を観察していると、非難されることになった。


「こちらから見えないような、小さな傷を治したくらいで、いい気になられては困ります」


 発言者はカトリーヌ嬢。

 親の仇を見るかのような視線で睨みつけてくる。


 いい気になったつもりは無かったけど、安心して一瞬気が緩んだのは、悟られてしまったかもしれない。

 気を引き締めて、カトリーヌ嬢の言葉に耳を傾ける。


「大きな傷を治す自信が無かったのかも知れませんけど、どうでもいい傷を治して終わらせるつもりですか? どう見ても重傷な足を放置するなんて。その子の立場に立って考えれば、その苦痛は計り知れないとわかるはずです。アンジェリカ嬢は、人の気持ちがわからない冷たいお方だから、そういうところに気が回らないのでしょうね」


 カトリーヌ嬢は前のめりになって指摘してきた。

 そんな。私がこの子の口を治したのは、自信がどうとかじゃないのに。


「口の傷を治して、水を飲めるようにしたんじゃないか?」

「何日も水分を取れないままだと、直ぐに弱ってしまいますから」


 最前列のクラスメイトたちから疑問の声が上がる。


「患者の身体を治すのは、何も医術だけではありません。いくらケガが治っても、脱水が続けば命を落とす可能性がありました。水を飲めるようになったことで、このフクロウが本来持っている治癒力も、引き出されることでしょう」


 キャンディ先生も私の意図を汲んで、補足してくれる。


「これでよく分かりましたわ。アンジェリカ嬢はこうやって、周囲の人間に甘やかされて、自身の能力を過信して⋯⋯そんないい加減な方に、この国を背負う資格はありません。王太子妃の座には、相応しくありませんわ」


 カトリーヌ嬢の口撃は止まらない。

 教室の空気が再び凍った所で、ノエル殿下が手を挙げた。


「キャンディ先生、申し訳ありません。あくまでも今は授業中ですから、できる限り遠慮しようと考えていました。けれども、カトリーヌ嬢が王太子妃というキーワードを出した以上、僕は黙っていられない」


 ノエル殿下は、口元は微笑んでいるけど、目が全く笑っていない。

 これは、まずい。


「カトリーヌ嬢⋯⋯終わったな」

「牢屋に入れられて、舌を抜かれても、文句は言えないぞ」


 クラスメイトたちは困惑している。


 ノエル殿下は、自分の口から皆まで言わせるなといった表情で、カトリーヌ嬢を見据える。


「私は、アンジェリカの呪縛から、ノエルを解放したかっただけなのに。私に任せてくれたら、こんな女、すぐに潰してやるのに。まさかノエルがここまで(むしば)まれているなんて⋯⋯」


 カトリーヌ嬢が、ぶつぶつ言い始めるも、殿下は黙ったままだ。


「⋯⋯⋯⋯申し訳ございませんでした。行き過ぎた発言があった事をここに認め、謝罪致します」


 カトリーヌ嬢はノエル殿下に頭を下げた。

 殿下は無言のまま、私をチラリと見たあと、カトリーヌ嬢に目線を戻す。

 

「アンジェリカ嬢、申し訳ございませんでした」


 カトリーヌ嬢は、私にも謝罪してくれた。


「カトリーヌ嬢。君が優秀で、常に努力している事は、皆知っている。だからと言って、他人を蹴落としてはいけないし、自分と意見が違ったからと言って、人格まで否定してはいけない。それに、アンジェリカだって努力しているんだ。それは彼女の教科書を見ればわかる」

 

 ノエル殿下は、私の机の上から、書き込みだらけの教科書を手に取って、高く掲げたのだった。


 こうして事件は解決(?)し、カトリーヌ嬢はキャンディ先生に連れられて、退出して行った。


 

 放課後、誰もいない教室でノエル殿下と話をした。


「ノエル殿下⋯⋯あの場を収めて頂き、ありがとうございました。わたくしが不甲斐ないばっかりに⋯⋯」


 殿下に向かって頭を下げる。


「アンジェリカのせいじゃないよ。君は日々、真面目に学園生活を送っているだけだ。いったい何がカトリーヌ嬢のスイッチを入れてしまったのかは、僕には分からないけど」


「わたくし、なんだか最近、トラブルの中心にいるようで、困惑しております。何かに巻き込まれていると言うか⋯⋯本当に、何が起こっているのでしょう」


「実は最近、気になる噂を耳にしたんだ。孤児院出身で、貴族の養女になった女性が、次々と浮き世離れした行動に出るとね。奇行に走る女性に共通するのは、医術に対して桁外れの素質を持っていると言うこと。この件に関する調査が開始されることになったから、今は続報を待とう」


 ノエル殿下は私の肩を抱いてくれた。


 パトリシア嬢、オリビア嬢、カトリーヌ嬢⋯⋯

 この三人に共通するのは、才能溢れる孤児院出身の養女と言うこと。

 もしかしたら、他にも何か見落としていることがあるかもしれない。


 私は、何かの役に立てばと、この三人との一連のやりとりを記録に残すことにした。

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