表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/44

8.No.003 モラハラ系ヒロイン×カトリーヌ①

 木から落っこちて来たオリビア嬢の下敷きになって、大怪我を負った私は、先生方のご尽力のおかげで、すぐに復活した。


 そして、学生の本分である授業は、徐々に専門的な内容に進みつつあった。


「血液の役割は大きく分けて四つあります。一つ目は、細胞に酸素や栄養を届け、不要なものを回収すること。二つ目は、身体に入って来た細菌などの異物を退治すること。三つ目は、ケガなどで傷ついた血管を修復すること。四つ目は、体温やpHを調節することです」


 キャンディ先生は黒板に、大事な内容を書いて説明してくれる。


 血液学というのは、なかなか奥が深いみたいだ。

 異物退治と一言で言っても、血液の中の色々な細胞が複雑に指示し合って働いているらしいし、血管の修復も複数の因子が絡み合う、複雑な過程があるらしい。


 教科書の図を見るだけでは分からないことが、先生の説明を聞くことで補完されていく。


 けど、その場で分かった気になっても、後で見直すと分からなくなる事もあるから、慎重にメモを残さないと⋯⋯

 聞き逃さないように集中しながら、必死に教科書に書き込む。

 

「ミス・アンジェリカ、私たちの身体を流れる血液の内、どれくらいの量が失われると、人体は危険にさらされると思いますか?」


 突然、キャンディ先生に指名される。


「はい。約三分の一だったかと思います」


 すぐに起立して、記憶を頼りに答える。


「さすがですね。ミス・アンジェリカ。血液が失われた時に、人体に起こる反応は⋯⋯」


 先生が解説を続けるので、静かに着席する。


 ふぅ。いきなり当てられると、さすがに緊張する。

 無事に回答できて、ほっと一安心していると、待ったがかかった。


「先生、お待ちください。先ほどのアンジェリカ嬢の回答は、正確とは言えません」


 挙手をしながら発言したのは、私と同じ最後列に座る、カトリーヌ=モンブラン公爵令嬢だ。


「身体の中の血液を失った場合、実際は20%でショック状態に陥り、30%で生命の危機に陥るとされています。ですから、アンジェリカ嬢の回答は誤りです」


 確かに。人体の危険と言っても、その状態は様々だ。

 三分の一と五分の一では全然違う。


「戦場で大量の兵士たちが、出血している場面を想定してください。わたくしたちは、兵士たちの重症度を瞬時に判断し、優先順位を付けて、対応に当たらねばなりません。アンジェリカ嬢のような曖昧な知識では、重症度を見誤り、救える命も救えなくなってしまいます。命を背負う立場だという自覚が、足りないのではないでしょうか?」


 その余りにも鋭利な言葉に、教室の空気が一気に冷える。


「戦場で大量出血している兵士たちが、複数人倒れている状況で、その兵士個人の出血量が何%かなんて、見分けられるのか?」


「意識レベルや顔色を見て判断する方が、現実的じゃないかしら」


 私をかばってくれているのか、そんな声が、ちらほら上がる。


「その知識を実際に活用出来るかは、その時の状況次第ですが、前提として間違っているという話をしているのです」


「先程は、わたくしの出題文が曖昧でしたね。申し訳ないことをしました。ミス・カトリーヌ、ご指摘ありがとうございました」


 納得できない様子のカトリーヌ嬢に対し、キャンディ先生はそう言って、話を終わらせてくれた。


 その日は午後から激しい雷雨になった。

 それが関係あるのか、ないのか、教室内の空気は重苦しく、ヒリついていた。


 次の日。

 この日から特別な授業が始まった。


「急なことですが、今日からみなさんには、実践演習を行って頂こうと思います」


 キャンディ先生は、大きな鳥かごをワゴンに乗せて入って来た。

 かごの中には、白いタオルで作られた寝床があって、灰色っぽい鳥が横たわっている。

 羽根がふわふわで柔らかそうだし、体も小さいから、まだ赤ちゃんなのかな。


「このフクロウのヒナは、昨日の落雷で負傷してしまったようです。今朝、発見された後、取り急ぎ教師陣で治療を試みましたが、みなさんもご存知の通り、医術を施すには、術者・患者双方にとって負担がかかります。この子のように重傷の場合は、長期戦も覚悟しなければなりません。ひとまず危険な状態は脱したようですので、これから、このクラスのみなさんで協力して、この子が再び飛び立てるように、治療を行ってもらいます」


 なるほど。実践演習とは、みんなで、このフクロウのヒナを元気な姿に戻して、野生に帰してあげること⋯⋯


「鳥と人間では、身体の構造は大きく異なりますが、ケガをすれば血が流れ、ケガが治れば失われた機能も回復するという点は同じです。では、みなさん、よろしくお願いしますね」


 こうして、このクラスでフクロウの治療に取りかかる事になった。



 翌日。

 鳥かごの中のフクロウは、昨日と変わらず、ぐったりとした様子だ。

 一番酷いのは翼のケガみたい。

 血が滲んでいて、見るからに痛そうだ。


 治療を実践する順番は、先生から指名があった。 


 一番手はカトリーヌ嬢だ。

 カトリーヌ嬢がフクロウに手をかざし、医術を使うと、フクロウの身体が七色に輝き出す。


 あっと言う間に、右の翼の傷が修復された。


「すごい。早業だ」 

「傷口がきれいに治っていますわ」


 カトリーヌ嬢は医術の知識量が豊富な上に、オリビア嬢と同じく、チート級の能力の持ち主。

 ちなみに彼女も孤児院出身の養女だ。


 出自不明の子供が、医術の高い素質を認められて、貴族の家に引き取られるなんていう奇跡が、こんなにも高頻度で起こるなんて不思議だ。 


 これ以上は、フクロウの身体が治療に耐えられないので、次のステップは翌日以降に持ち越される事になった。


 そして翌日、次はノエル殿下の番だった。


「僕は内科疾患の治療に適性があるとの判定だったけど、どこまで通用するものなのか」


 殿下はそう言った後、フクロウに手をかざした。

 すると、左の翼の傷が、みるみる内に治っていく。


「さすが殿下だ」

「ケガの治療もこれだけ素早く正確にされるのなら、内科疾患の方は更にすごいのでしょう」


 殿下は、適性がある分野でなくても、こんな風に治療を施すことが出来るんだ。

 翼の構造って複雑だし、優秀って事なんだろうな。   


「ノエル殿下は本当に素晴らしい御方ですわ! まさに神の手。さすがのわたくしも、殿下にだけは頭が上がりませんわ!」


 カトリーヌ嬢は、ノエル殿下に拍手を贈りながら言った。


「ありがとう。知識面・技術面、共に優秀な君に、そんな風に言って貰えるなら光栄だよ」


 ノエル殿下は微笑みながら答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ