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6.No.002 天真爛漫系ヒロイン×オリビア③

 気がついたら私は、保健室のベッドで寝かされていた。


 たくさんの教師陣が私を取り囲み、治療を施して下さっている。


「ミス・アンジェリカ! 気が付きましたか!」

「良かったわ!」


 先生方は安心したように笑った。


「アンジェリカ! 無事で良かった。事故のことを聞いた時は、心臓が止まるかと思ったよ」


 ノエル殿下は私に駆け寄り、手を握ってくださる。


「ご心配をおかけしました。それで、今はどういう状況でしょうか?」


 確か、木に登っているオリビア嬢の下着が見えていたから、声をかけたら彼女が落下して来て⋯⋯


「先生方、ノエル殿下、わたくし、とっても怖かったんです。木の上にいた猫を助けようと、奮闘していたところ、突然アンジェリカ様に驚かされて、脚を引っ張られて⋯⋯」


 ベッドの近くのソファーに座っているオリビア嬢が、涙ながらに訴え始めた。


 どうやら彼女は無傷らしい。

 それは良かったけれども、少し認識に食い違いがあるようだ。


「オリビア嬢、驚かせてしまってごめんなさい。ですが、わたくし、脚を引っ張ったという事はありません。その⋯⋯乙女の聖域が見えているのを、ご指摘したかっただけで⋯⋯」


 何故私が殿下の前で、こんな恥ずかしい単語を発しないといけないのか。


「アンジェリカ様⋯⋯素直に謝罪頂けるのでしたら水に流そうかと思いましたが、こんなにも危険な目に遭わされた上に、責任逃れをされるとは。わたくし、黙ってはおれません。アンジェリカ様は、私の才能に嫉妬しておいででしたから、殿下の関心を引きたくて、こんな事を企てられたのでしょう」


 オリビア嬢は私を睨みつけながら、震える身体を自分で抱きしめている。

 そんな。勘違いなのに。


 でも、私がオリビア嬢落下の原因の一つなのは間違いない。

 それに、殿下の心を繋ぎ止め、王太子妃の座にすがりつくために、才能溢れるオリビア嬢に嫉妬してケガをさせて、消し去ろうとしたなんてシナリオは、筋が通り過ぎている。

 こんなんじゃ誰も私を信じてくれない。


 恐る恐るノエル殿下の方を見る。

 殿下は難しい顔をしている。


「オリビア嬢、勘違いです。私はオリビア嬢の身体には、誓って手を触れていません」


「ふん! 呆れて言葉も出ませんわ!」


 オリビア嬢は怒ったように、そっぽを向いてしまった。


「オリビア嬢、このような事故が起こって、君も混乱しているんだね。少し落ち着いた方がいい」


 ノエル殿下は、オリビア嬢に優しく声をかけた。


「殿下、わたくし、わたくし⋯⋯うわーん!」


 オリビア嬢は、殿下の膝に顔を伏せ、泣き出してしまった。

 なんと、恋人関係でもないのに、殿方の膝にすがりつくなんて。

 それも、ノエル殿下ほど高貴な御方に⋯⋯


 ノエル殿下は、そんなオリビア嬢の両肩に手を置き、優しく身体を離した。


「あのね、オリビア嬢。僕のアンジェリカは、虫一匹殺せないほど、心優しい女性なんだ。だから例え彼女が君の才能を羨んだとしても、君を傷つけるなんて方法を選ぶはずが無いんだよ」


 ノエル殿下は諭すように言った。


「そんな! まさか、アンジェリカ様の事を信用なさるおつもりですか!? こちらは殺されかけたと言うのに!」


「けど実際に瀕死状態になったのは、アンジェリカの方だ。考えてもごらん? 君にケガをさせるために、木の下にいるアンジェリカが脚を引っ張ったとしたら、どちらがより、重傷を負うことになるのか⋯⋯」


 その言葉にオリビア嬢は黙ってしまう。


 そこに、沈黙を破るように、ノエル殿下の執事のトルテが入って来た。


「失礼致します。現場を目撃されたご令嬢たちをお連れしました」


 トルテの後ろには、上級生の三人のご令嬢たちがいた。


「私たち、事故が起きる瞬間を、一階の窓から見ておりました」 


「オリビア嬢は、自ら手を離したせいで、落下したように見えました」


「地面に立っていたアンジェリカ様のお手が、高い位置にいたオリビア嬢に届くはずがありません」


 ご令嬢たちは、そう証言してくれた。

 徐々にオリビア嬢の顔が青ざめていく。


「オリビア嬢。アンジェリカは既に自分の非を認め、君に謝罪した。ならば今度は、君が謝る番じゃないのかな?」


 ノエル殿下は目線をオリビア嬢に向けた。


「急に声をかけられて、驚かされてしまったので、勘違いさせられてしまいました。申し訳ありませんでした」


 オリビア嬢は私に頭を下げた後、早足で保健室を出ていった。


 なんだか謝られた気がしないけど。

 まぁいいか。



 一件落着したところで、証言してくれたご令嬢たちと先生方が退出された。

 今、この部屋には、ノエル殿下と私の二人きり。


「殿下、無実を証明して下さって、ありがとうございました」


「僕はアンジェリカを信じていたけどね。君が目覚める前も、オリビア嬢は、君のせいで木から落ちたのだと主張していたから、トルテに頼んで目撃者を探してもらったんだ」


「そうでしたか。けど、よろしかったのでしょうか。彼女ほどの実力者とは、良好な関係を築いた方が良いのでは?」


 私の言葉にノエル殿下は首を傾げた。


「もしかして、学生たちの間で囁かれているという噂話のことかい? 僕が彼女を妃に迎えるとかなんとか」


「そうです。はい⋯⋯」


「あのね、アンジェリカ。僕は君以外の女性と婚約するつもりは無いよ。確かに彼女の能力については、父上も興味を持たれるに違いない。けれども、僕が選んだのは君なんだ。それに、君の力だって僕なんかよりも優秀だし、得意分野も違う。お互いを補える、理想の関係じゃないか」


 ノエル殿下は私の手を握りながら言ってくれた。

 嬉しい。そんな風に思って貰えてたんだ。


「そうだ。トルテ、例の物を」


 ノエル殿下は、部屋の外に待機していたトルテを呼んだ。

 彼の手には黒っぽい箱があり、フタを開けると中には、ハイブランドのロゴ入りのチョコレートが入っていた。


「アンジェリカ、君はチョコレートが好きだろう?」


 殿下に勧められ、チョコを一粒つまんで口に入れる。

 舌に甘みを感じた瞬間、脳内を快楽物質が駆け巡った。


 あぁ、なんて素晴らしい。

 チョコは、いつ、いかなる時も、幸福を与えてくれる食べ物だ。

 夢中になって味わっていると、ノエル殿下に優しい眼差しを向けられていた。


「わたくしったら、感謝も申し上げずに夢中になっておりました。美味しいです。ありがとうございます」


 自然と笑みがこぼれる。


「僕はね。美味しそうに食べる君が好きなんだ。普段の君は、それはそれは美しい所作で食事をしているけれど、何かに集中している時や油断している時、まるで小リスのように、ほっぺたが膨らんでいて、小さく口を動かしているんだ」


 ノエル殿下は、私の頬を人差し指でツンとつついた。

 その瞬間、一気に顔が熱くなるのを感じた。



 その日以来、ノエル殿下は、しょっちゅう私を食堂に誘ってくださるようになった。


「今日は可愛い小リスには、なってくれないの?」


 向かい合わせに座る殿下は、期待したような眼差しをこちらに向けている。


「誰に見られているか分かりませんから⋯⋯」


 いつも以上に、慎重に一口の量を調整する。


「君を初めて見つけたあの日も、そうだった」


「え? 五歳の頃のわたくしも、リスになっていましたか?」

 

 その問いかけに、殿下は愛おしそうに微笑んでくれた。

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