5.No.002 天真爛漫系ヒロイン×オリビア②
医術に関する素質を測定する授業は、オリビア嬢が機械を壊してしまった事で中止となった。
後に学園長から、オリビア嬢が放っていた七色の光は、全ての病やケガを治療するのに適性がある、チート級の能力を秘めていると説明があった。
クラスはオリビア嬢を中心に、大騒ぎになっていた。
「すごいな、オリビア嬢! 君は天才なんじゃないか?」
「ワッフル侯爵も、さぞかしお喜びのことでしょう」
「そんなにすごいでしょうか!? けど、わたくし、正直ピンと来なくって⋯⋯てへへ」
オリビア嬢は照れながら謙遜している。
そんな彼女のもとに、ノエル殿下が近づいていく。
「間違いなく君は素晴らしいよ。こんなにも才能に溢れる人を、見たことがない。この国の未来は明るいものになるだろうね。是非今度、その秘訣についてご教授願いたい」
ノエル殿下は、オリビア嬢に声をかけ、握手を求める。
「殿下! ありがとうございます! わたくし、殿下のために、この国のために、誠心誠意、尽くす所存です!」
オリビア嬢は、その手を握りながら、まぶしい笑顔で答えた。
お昼休み、学生食堂にて。
私は食事をとりながら、一人で考え事をしていた。
「新入生の中で、測定不可能なほどの素質を持つ女子学生がいたそうだぞ!」
「機械が壊れたとか、七色の光を出したとか」
「もしかして、ノエル殿下の妃の座に抜擢されるんじゃ⋯⋯」
上級生たちが噂している。
もうこんな所まで話が伝わっているんだ。
「はぁ⋯⋯」
思わず溜息が出る。
「おい! 後ろの席にアンジェリカ様がいらっしゃったぞ!」
「このバカ。さっきの発言、聴こえたんじゃないだろうな?」
上級生たちはヒソヒソと話している。
彼らの読みは、恐らく当たりだ。
ノエル殿下が私を婚約者に選んだ理由は、私に医術の素質があるから。
治療を行える者がいれば、その家門は国外との戦はもちろん、内乱でも強い力を発揮することができる。
領民だって兵士だって、少しでも生存率が高い家門に付くのが、当然の心理。
王室としては、オリビア嬢を放っておけるはずがない。
穏便に彼女を取り込むためには、やはり婚約という形が理想的だ。
それに、ノエル殿下とオリビア嬢の子供なら、より強大な力を持って生まれてくる可能性も高い。
私はそう遠くない内に、お役御免になるだろう。
悲しいな。
お父様もお母様もお兄様も、みんながっかりするだろうな。
「ノエル殿下〜ご存知ですか? この食堂のカルボナーラは、とっても美味しいんですの!」
「そうなんだね。それは是非、味わいたい」
嫌な予感は現実のものだと主張するかのように、オリビア嬢とノエル殿下が歩いて来た。
オリビア嬢は恋する乙女のように微笑みながら、ノエル殿下の半歩後ろを歩いている。
ノエル殿下は、そんな彼女を時々振り返る。
二人は仲睦まじい様子で、料理を取りに行った。
何かが音を立てて崩れ去ったような感覚。
嫌な汗が出て、食事も喉を通りそうにない。
このまま食事を残すなんてお下品かしら。
そんなことを考えていたら、ノエル殿下に声をかけられた。
「やぁ、アンジェリカ。僕たちも今から食事なんだ。ご一緒しても?」
「はい。もちろんです。殿下」
返答すると、殿下は私の隣の席に座った。
「失礼しまーす」
オリビア嬢は殿下の反対隣に座った。
二人のお皿にはお揃いの料理が乗っている。
きっと、相談しながら決めたんだろう。
ただし、オリビア嬢の料理は、一品一品が山のように盛られている。
もしかして、取り分け前の量を大皿ごとそのまま持って来ている?
そんな風に疑ってしまうほどだ。
「どうしたんだい、アンジェリカ。食欲が無いのかい?」
ノエル殿下は心配そうに私の顔を覗き込む。
「はい。実は、なんだか胸がいっぱいで、少し食欲が湧かないんです。きちんと完食は致しますので⋯⋯」
「そうなんだね。君の胸を憂いで満たし、その可愛い顔に影を落とさせるのは、どんな事象なんだろうね」
ノエル殿下は、悲しげに眉を落とした。
「なんだあれは」
「修羅場か?」
遠くの方で、誰かが私たち三人を見て不安そうにしている。
原因はあなた様ですと言いたい所を、ぐっと堪える。
「アンジェリカ様、召し上がらないんですか〜? 殿下は、美味しそうに食事をされる女性が、お好きなんですよねー?」
オリビア嬢はノエル殿下の顔を覗き込んだ。
「確かにそうだけど、君にそんなことを話したかな?」
「いえいえ、有名な話です!」
オリビア嬢はそう言って笑った後、料理を口に運んだ。
時折手を止め微笑み、それはそれは美味しそうに食べ進めていく。
山盛りあったはずの料理が見る見る消えていく様は、見ていて気持ちが良いものだ。
そんなオリビア嬢の姿を、殿下も微笑ましく見ていた。
◆
ある日の出来事。
中庭が見える廊下を歩いていると、学生たちが窓の外を見ながら、何やら騒いでいた。
「またオリビア嬢が木に登ってるぞ」
「あれだろ? 野良猫のだんご丸を救出しようって言う」
「けど、だんご丸は木の上で昼寝するのがルーチンのはずじゃ⋯⋯」
「自力で降りられるから、助けなくても良いって教えてあげたんだけどな」
またもやオリビア嬢が注目を集めている様子。
淑女なのに、猫を助けようと危険をかえりみず木に登る彼女は、優しい人なんだろうか。
猫本人は迷惑そうにしているのが、気になるところではあるけど。
「天才は、凡人には分からないことをするらしいから」
「万が一ケガをされても、ご自分で治療なさるだろう」
学生たちはそう言って、はけていった。
相変わらず木に登り、猫に向かって手を伸ばしているオリビア嬢。
よく見ると、制服のミニスカートが枝に引っかかっている。
ここからでも下着が丸見えだ。
私は早足で近くの扉から中庭に出た。
「オリビア嬢、大変です。乙女の聖域が見えております」
出来るだけ小声で済むように、木の下に近づき、オリビア嬢を見上げて知らせる。
「まじで? 最悪!」
オリビア嬢は慌てて片手でスカートを押さえた。
そのことでバランスを崩したオリビア嬢は、落下してしまった。
私の頭上に落ちてくるのが、スローモーションで見える。
恋物語では、落ちてくる淑女を殿方が抱きとめてくれるのが定番だ。
けれども、加速しながら落ちてくる人体は、巨大なエネルギーをまとい、凶器となって私に襲いかかってきた。
オリビア嬢の下敷きになり、激しい痛みを感じたと同時に、意識を失ってしまった。




